## 1. なぜ人は同じ失敗を繰り返すのか
### (1) 体験の風化
人間は「痛み・苦しみ・恐怖」を体験してはじめて深く学ぶという面があります。書物や映像から学ぶことはできても、その衝撃度や切迫感は、当事者経験に比べるとどうしても薄れます。実際に体験した世代が去った後、「もうそんな悲惨なことは二度と起きないだろう」という根拠のない楽観や、逆に「自分たちは当時よりは賢い」と思い上がることで、再び過ちを招いてしまうことがあります。
### (2) “神話”に惹かれる人間の性質
事実に基づいた“地道な分析”よりも、ヒーローや悪役がはっきりした“ドラマ的な歴史観”や、“わかりやすい話”のほうが人々に受け入れられやすいという傾向があります。人間はどうしても物語を愛しますし、「誰かを悪者にして単純に話を片付けたい」という心理が働きやすいのです。
さらにSNSなどのメディア環境の変化によって、自分が見たい情報だけを集めて安心感を得る「フィルターバブル」状態になりやすい。結果として、実証的な歴史の積み上げより「短期的な神話(しばしば政治的なプロパガンダ含む)」が支持を得てしまいがちです。
### (3) 政治的・社会的利害
権力者や特定のイデオロギーを持つ集団が、自分たちに都合の良い歴史観や物語を広めようとするとき、記憶の風化は格好のチャンスです。
例えば、「あれは正当化できる戦いだった」とか「そもそも不都合な事実はなかった」といった言説を流しやすくなります。痛みを知る世代が少なくなると、それを検証・反論できる人も限られるため、改変された歴史を信じてしまう人が増えてしまうわけです。
---
## 2. このサイクルを本当に断ち切ることはできるのか?
「いつまで繰り返すのか」という問いは非常に重たいです。歴史を振り返ると、確かに大きな紛争や悲劇を経験した後には一時的に平和が続くものの、100年ほど経つと再び類似の構図が生まれやすい傾向があります。これは「当事者なき時代」に入ってしまうことと、世代交代によって“常識”や“空気”自体が塗り替えられることが大きな要因でしょう。
しかし、だからこそ、
1. **歴史をできるだけ長く正確に、臨場感をもって保存・伝承しようと努力すること**
2. **情報や事実を改ざんされにくい形で管理し、いつでも検証できる仕組みを発展させていくこと**
3. **学問や教育、メディアリテラシーなど、事実を探究する技術を社会全体で底上げすること**
が重要だと考えられています。このとき、ブロックチェーンや分散ストレージなどは「改ざんしづらい形で膨大な情報を残す」ための有力なテクノロジーの一部になる可能性があるのです。
---
## 3. ブロックチェーン技術が担える役割
### (1) 改ざんされにくい「事実の痕跡」の保存
ブロックチェーンに全てを格納するのは現実的に難しくとも、重要な映像・記録・公文書のハッシュ(指紋)などをオンチェーン化しておけば、それがいつ・誰によって・どのような内容で保存されたかを後世で検証できます。
「この映像はいつ撮影され、改変はされていないか?」を追跡できるのは、歴史の正確性を確保するうえで大きなメリットになります。
### (2) 実証的アプローチの基盤
ブロックチェーン技術は「中央管理者に頼らずとも、複数のノードが合意形成し、データを共有できる」点が本質です。もし公的機関や研究機関、博物館などが協力して「公共財としての歴史データ」を分散管理する仕組みをつくれれば、一箇所の政治的・経済的圧力でデータが改変されたり、消滅したりするリスクを下げられます。
### (3) 技術だけではサイクルを断ち切れない
とはいえ、いくらブロックチェーン技術で改ざんを防げても、それを「活用する意思がある社会的・文化的な土台」がなければ意味がありません。情報が正確に残っていても、人々が“都合の悪い事実”を直視しない、あるいは「フェイクニュースだ」と切り捨ててしまうなら同じことです。
言い換えれば、**テクノロジーが「歴史を守る盾」にはなるが、最終的にそれを活かすかどうかは人間側の意思と教育による**、ということです。
---
## 4. では具体的に何ができるか?
1. **各種アーカイブ・博物館・研究機関と協力して、デジタルデータを分散保管する**
- 先述の通り、オフチェーン(分散ストレージ)に映像や文書を保管し、そのハッシュをオンチェーンに記録する形で「改ざんがされていない証拠」を守る。
- 国境を越えた協調体制を組むことで、特定の国や政府がデータを消去しても、他国にコピーが残るようにする。
2. **伝承者の語りや証言映像を記録・整理するプロジェクトを充実させる**
- 体験者の証言は時間が経つほど失われるため、できるかぎり本人の生の声・表情・仕草などを収録し、それを体系的にアーカイブ化する。
- その際、撮影日時や内容をブロックチェーン上で証明しておくと、後々「この証言映像はねつ造だ」と言われてもハッシュで検証可能になる。
3. **後世が実際にアクセスしやすい形・メディアを整備する**
- いくらデータを保存していても、将来の世代がそれにアクセスする仕組みがなければ意味がありません。検索性、翻訳、多言語対応などが重要です。
- AR/VRなどを活用して、臨場感ある形で「戦争や災害の悲惨さ」「過去の生活」を疑似体験できるプラットフォームを用意する試みも一つの方向です。
4. **教育・メディアリテラシーの拡充**
- 「ブロックチェーンで改ざんが防げる」こと自体を社会的に理解してもらう必要がありますし、フェイクニュースを見分ける素養や、自分の先入観を疑う姿勢を育てることも不可欠です。
- 正しい知識を持った大人が増えれば、短期的な神話に飛びつく人を減らすことにつながるかもしれません。
---
## 5. 終わりに
歴史を失うたびに同じ悲劇を繰り返し、幾度となく「もう同じ過ちはしない」と誓ってきたのに、少し世代が変わるとまた同じような過ちを繰り返す――人類の長い歴史が物語る通り、このサイクルは簡単には止められないかもしれません。
しかし、
- **デジタル技術による「事実の記録」と「検証手段の確保」**
- **複数の主体によるアーカイブの分散管理**
- **世代を超えた教育や伝承への惜しまぬ投資**
これらを掛け合わせることで、少しずつでも「嘘がまかり通りにくい環境」「誤った神話に飲み込まれにくい社会」を作ることは可能だと考えられます。テクノロジーはそのための「記憶を守る鎧」の一つにはなり得ますが、最終的には私たち一人ひとりの意思と学びが重要な鍵を握るのでしょう。
人間の寿命は80年程度と短いですが、だからこそ「バトンを渡す努力」は決して無駄にはなりません。歴史を“痛み”や“悲しみ”ごと丸ごと保存し、次の世代に臨場感をもって手渡すための手立てを、技術と社会が連携して磨いていくことが、本当の意味でのサイクル断ち切りに近づく一歩になるのではないでしょうか。