デザイナーがキャリアアップやスキルアップを図るうえで、「たくさんの制作物を経験すること」は極めて重要です。なぜなら、デザインを実践的に学ぶうえで最も効果的なのは、実際に手を動かし、試行錯誤を積み重ねるプロセスにあるからです。しかし、時間やリソースには限りがあり、一人のデザイナーが無限に制作機会を得ることは現実的に難しいでしょう。そのギャップを埋める手段として、多数のデザイナーが所属する組織で内部事例を共有し合うことが非常に有効です。以下、この点を掘り下げてみます。 --- ## 1. 時間・リソースの限界を超えるための「擬似的な経験値」共有 多くの案件を経験すればするほど、デザイナーのスキルや知識は高まります。しかし、一人の人間が1年でこなせるプロジェクト数には限度があります。そこで活きてくるのが、大人数でプロジェクトを抱えている組織内で、**自分が直接関わらなかったデザイン案件の情報も共有し合う**という文化です。 - **成功事例だけでなく、苦労した点や失敗要素**も含めてプロセスごと知ることで、自分の中に「疑似的な経験値」として蓄積できる - 情報を共有し合うことで、**短期間で多種多様な案件に触れたのと同じような効果**が得られる こうした社内情報の共有は、どんなに優れたデザイナーでも通常1~2年かけないと得られない視点を、**もっと短いスパン**で獲得する手段になります。 --- ## 2. 社外には出せない制作物ほど、学びの宝庫になる可能性 クライアントとの契約や社内プロジェクトの機密性の都合で、**一般には公開できないデザイン**というものは少なくありません。実際、企業のコアビジネスや、製品・サービスの開発初期段階などは、ほとんどが外部に開示されないまま進行します。 - **新規事業や自社内プロダクトの試作段階**などは、公開される前に多くのアイデアや試行錯誤が行われるため、学びが凝縮されているケースが多い - 機密案件ほど、**組織の中核を担うデザイン戦略**が試される場でもあり、デザイン思考の重要な実践例が多く潜んでいる 大人数のデザイン組織だからこそ、こうした「まだ外に出せない貴重な事例」を**社内限定で安全にシェア**できる仕組みが作れます。これは**書籍やWebに載せられる公開事例だけでは学びきれない濃密な知見**を得るために欠かせない環境です。 --- ## 3. 多様な観点からのフィードバックで学び合う 組織内には、異なる専門領域やキャリアステージを持つデザイナーが大勢在籍している場合があります。複数の視点が交錯することで、一人で進めるよりもはるかに奥深いフィードバックを得られるのも大きな利点です。 - 新人デザイナーからの視点: **素朴な疑問**が実は基礎設計の甘さを露呈させることもある - ベテランデザイナーからの視点: 過去の数多くの事例を踏まえた**経験知に基づくアドバイス**が得られる - 別領域専門家とのコラボ: UI/UX、ブランディング、エンジニアリングなど、**普段出会わない切り口**でデザインを見直す機会になる こうした多角的なフィードバックは、一人で考え続けるよりも深い発見や新たな学習を促し、それ自体がデザイナー同士の**横のつながり**を強める効果もあります。 --- ## 4. 組織的な知的資産を蓄積・継承する仕組み作り 大人数がかかわる中で、制作物やその背景情報をただ漫然と共有するだけでは、ノウハウが散逸してしまう恐れがあります。デザイナーが持つ知見を**組織の資産**として蓄積するためにも、次のような仕組みが重要です。 1. **ナレッジベースやリポジトリの構築:** 社内ドキュメントやプロジェクト事例を体系的に保管し、検索やタグ付けで誰でもアクセスしやすいようにする 2. **定期的なレビュー会や勉強会:** プロジェクトに関わったデザイナーが、**何を意図してデザインを行ったか、どんな困難を乗り越えたか**を共有し、ディスカッションする場を設ける 3. **失敗の共有を奨励する風土:** 成功例だけでなく、**公開しにくい失敗や試行錯誤の過程**も共有し合うことで、組織全体の失敗コストを減らす 特に「失敗例」には学びが多く詰まっているため、オープンなカルチャーがある組織ほど、デザイナーのスキルアップが加速度的に進みやすいと言えます。 --- ## 5. キャリアアップを早める“組織シェア”のメリット デザイナーが個人で多くの制作経験を積むのは理想ですが、先述の通り時間や案件数の制約もあり簡単ではありません。組織ぐるみで事例をシェアし合うことは、**効率的にキャリアを積み上げる近道**と言えます。 - **横断的なスキル獲得:** たとえば、UIデザインを主業務としているデザイナーが、ブランディングやグラフィックの社内事例を知ることで、関連領域の視野を広げられる - **早期のリーダー経験:** 大規模プロジェクトやクロスチーム案件の情報を共有する中で、自然とプロジェクトマネジメント視点が身につきやすい - **自己投資の効率化:** 外部のセミナーやトレーニングに費やす時間・費用より、まずは社内事例から得られる学びを活用することで、知見の総量が倍増する このように「互いの知見を持ち寄る」仕掛けが整った組織では、**デザイナー自身がより短期間で多角的な学習を積み、結果的にキャリアアップが早まる**可能性が高まります。 --- ## まとめ - デザイナーのスキルアップは多くの制作物を経験することで加速するが、時間とリソースには限界がある。 - 大人数のデザイン組織であれば、**社外非公開の事例も含めて**互いに共有し合い、擬似的により多くの制作経験を積むことができる。 - 様々な視点を持つデザイナー同士のフィードバックは、個人の成長を促進するだけでなく、**組織全体のデザイン品質**を底上げする。 - 社内に蓄積されたデザイン事例やノウハウを体系化し、失敗も含めてオープンにシェアできる文化を醸成することで、デザイナーのキャリアアップが効率的かつ持続的に進む。 つまり、大人数のデザイン組織が内部事例を積極的に共有する環境は、**限られた時間を最大限に生かしてスキルと経験を拡張する**ための極めて効果的な仕組みといえます。制作物を数多くこなすという「量」の要素を、一人ひとりが単独で賄うのではなく、組織全体で補完し合うことで、結果的にデザイナー全員の成長速度を高めることができるのです。