デザインとベクトルの本質的関係
デザインとは本質的に方向性(ベクトル)を持った行為である。デザインという行為は意匠と設計で人の行動に補助線を引くことであるにおいて示されているように、デザインは単なる装飾ではなく、特定の目的や意図を持って人々の行動や体験に影響を与える活動である。このベクトルは、問題解決の方向性や、創造しようとする価値の種類、達成したい成果などを示している。
デザインという概念における設計や計画の観点からも、デザインは常に「どこかへ向かう」活動であり、その向かう先(目的地)と進む道筋(方法論)を定めることでベクトルが形成される。デザインにおけるベクトルは、コンセプトによって具体化され、コンセプトは判断基準を提供し、一貫性を生み、価値の源泉となることで、プロジェクト全体の方向性を定める役割を果たす。
デザインのベクトルが明確である場合とそうでない場合では、成果物の質や一貫性、チームの連携度合いに大きな差が生じる。コンセプトの存在が同じ内容でも強い影響力を持つ理由も、このベクトルの明確さによるものである。方向性が不明瞭なデザインプロセスでは、関係者間の認識のズレが大きくなり、結果として焦点の定まらない成果物となりやすい。
組織コンテキストにおけるデザインベクトル
組織内でデザイン活動が行われる際、そのベクトルは組織の目標や戦略と密接に関連している。ビジネスモデルを起点とした事業戦略の構築が成功への近道であるという考え方に従えば、デザインのベクトルもビジネスモデルや事業戦略から導出されるべきものとなる。しかし、実際の組織においては、責任者(リーダー)が設定する方向性と、デザイナーやチームメンバーが持つベクトルは完全に一致するとは限らない。
マネジメントの本質は人材資源の最大活用にあるという観点からも、組織内の多様なベクトルをどのように調整し活用するかが重要となる。特にデザイン思考のようなアプローチを採用する組織では、多様な視点や思考プロセスを重視するため、ベクトルの多様性自体が価値を持つ場合がある。
ベンチャー企業では役割の自己定義と自律的な行動が成功の鍵となる状況においては、個々のメンバーが自らのベクトルを明確に持ち、それを組織の方向性と調整しながら進むことが求められる。このプロセスにおいて、完全な一致よりも「創造的なズレ」が重要な役割を果たす。
創造的なズレとイノベーションの関係
デザインのベクトルが責任者や組織の公式な方向性と完全に一致するよりも、適度にズレている方がイノベーションが生まれやすい。この現象は、イノベーションと劣位の関係からも説明できる。既存の支配的な考え方や方向性から少し外れた視点を持つことで、新たな可能性や解決策を見出せることがある。
アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせであるという考え方に基づけば、異なるベクトルの交差点にこそ、新しいアイデアが生まれる可能性が高い。責任者の設定した方向性と完全に同じベクトルでは、既存の枠組みの中での最適化は進むかもしれないが、枠組み自体を変革するようなイノベーションは起こりにくい。
AI時代のデザイン思考は、AIによる大量アイデア生成と人間の判断力の融合により進化する状況においても、人間の持つ「ズレたベクトル」の価値は高まっている。AIが既存のパターンから導出する方向性に対して、人間が持つ独自の視点や文脈理解、価値判断が創造的な摩擦を生み出し、より革新的な成果につながる。
創造的な仕事の初期段階では、多数決による意思決定は避けるべきである理由も、ベクトルの多様性を早期に失わないためである。多数決は往々にして平均的なベクトルへの収束を促すが、イノベーションには「平均からの逸脱」が必要となる。
ベクトルのズレを活かすマネジメント手法
創造的なズレを組織の価値に変換するためには、適切なマネジメント手法が不可欠である。リーダーシップの重要な役割の一つは、組織の方向性を明確に示しつつも、メンバーの独自のベクトルを許容し、それらを組織の目標達成に向けて調整することにある。
創造的な仕事に向き合い続けることで唯一無二の価値を生み出すことができるという視点からも、創造的なズレを持つメンバーが安心して自らのベクトルを追求できる環境づくりが重要となる。チームの生産性におけるリーダーシップの役割において、リーダーは「統一性」と「多様性」のバランスを取ることが求められる。
プロジェクトには「仮説立案・合意フェーズ」と「仮説検証・評価フェーズ」があり、仮説立案が最も労力がかかるという観点からも、初期段階でのベクトルの多様性を確保することが、より強固な仮説構築につながる。特に仮説を立てるには想像力と直感が必要であるため、異なるベクトルを持つメンバーの存在が、より多角的な仮説形成を可能にする。
一方で、戦略の観点からは、過度なズレは組織の方向性を損なう可能性もある。戦略の実行にはフレームワークの定義と実践が不可欠であるため、創造的なズレを許容しつつも、最終的には組織の戦略に沿った形で統合していく仕組みが必要となる。
実践におけるベクトル設定とズレの活用
実際のデザインプロセスにおいて、ベクトルの設定とズレの活用は以下のように実践できる。
まず、プロジェクトの進め方の基本は目的の明確化、行動計画の策定、スケジュール管理の3要素で構成されるという原則に従い、プロジェクト開始時に全体の方向性(メインベクトル)を明確に設定する。これはデザインプロセスにおけるビジュアル的な試行錯誤の重要性を踏まえ、言語だけでなく視覚的にもベクトルを共有することが効果的である。
次に、デザインプロセスは非線形であるという特性を活かし、探索フェーズでは意図的に異なるベクトルを持つチームメンバーを配置する。効果的な探索には全方位的探索から仮説検証型探索への段階的移行が不可欠であるため、初期段階では多様なベクトルを許容し、段階的に収束させていく。
クリエイティブな職種では個別の状況に応じた評価が必要であるという観点から、異なるベクトルを持つメンバーの貢献を適切に評価する仕組みも重要である。特にデザイナーは自分の「なんか違う」という感覚に敏感である必要があるため、主流とは異なる方向性への感覚を評価することで、創造的なズレを促進できる。
プロジェクトの中盤以降は、プロジェクトの成功は目的達成への集中と実行に専念することで実現されるため、多様なベクトルを適切に統合し、実行フェーズに移行することが重要となる。ここではデザインプロセスは明確なアウトプット単位と役割分担によって効果的に進行するという原則に従い、各メンバーの強みを活かした役割分担を行う。
ベクトルのズレがもたらす具体的価値
適切に管理されたベクトルのズレは、組織に以下のような具体的価値をもたらす:
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視点の多様化: AIと人間の協働:実行はAI、課題設定は人間の役割という考え方からも、人間ならではの多様な視点が重要となる。異なるベクトルは異なる視点を提供する。
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リスク分散: 変化に対する迅速な適応とイノベーションは現代ビジネスにおいて成功する鍵であるため、単一の方向性に全てを賭けるよりも、複数のベクトルを持つことでリスクを分散できる。
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創造的摩擦の活用: AIとの共創は人間単独のアウトプットを超える価値を生み出すように、異なるベクトルを持つ人間同士の創造的摩擦も、単一のベクトルでは生まれない価値を創出できる。
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レジリエンスの向上: 同質性の高い組織は環境変化に弱いため、多様なベクトルを持つメンバーがいることで、環境変化に対する適応力が高まる。
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イノベーションの促進: イノベーションのジレンマは既存企業の持続的成長を阻害する構造的問題であるという課題に対して、主流とは異なるベクトルを許容することで、破壊的イノベーションの可能性を高められる。
結論:創造的ズレの戦略的活用
デザインはベクトルを持つ行為であり、そのベクトルが責任者や組織の公式な方向性と適度にズレることで、イノベーションが促進される。デザインによるビジネス競争力の強化は企業の成功に不可欠であるという観点からも、この創造的なズレを戦略的に活用することは、組織の持続的な競争力につながる。
ただし、方針は目標達成のためのアクション選択基準であり、チームを動かす指針となるという原則を踏まえれば、ズレは無秩序であってはならない。組織の基本的な方針や価値観の中で、一定の範囲内での創造的なズレを許容し、それを価値に変換するマネジメントが求められる。
最終的には、デザインタスクの見積もりとその特性を踏まえた上で、探索的フェーズではベクトルの多様性を重視し、実行フェーズでは適切な収束を図るという、フェーズに応じた柔軟なベクトル管理が重要となる。これにより、デザインの質向上は「違和感」の探索に基づくという原則を活かしながら、より革新的な成果を生み出すことが可能となる。