P160
> 林は、墓参りで繰り広げられた情景を再び思い出し、職鬱な気持ちになった。設様のご機嫌を損ねて島流しになるのを恐れた結果、誰も彼もが役職目当てで統一に擦り寄るイエスマンになってしまった。それに統一は気づいているのだろうか?「感性が合う理想のチームができた」などと思っていなければいいが・・・
P163
> 以前、林は向田の人事の真意を統一に訊いたことがある。
> 「人事は笠原に任せていますが、もちろんおかしなところは口を出しています。いろんな意見、異論があるのは大いにけっこう。しかし大枠の戦略のところで社内対立があると、舵取りが停滞します。今は停滞しているときじゃないでしょう」
> トヨトミの役員人事は、笠原が原案を作る。統一は「誰それを引き上げろ、はずせ」といった指示を出すことはなく、意に染まないところがあれば拒否権を発動する。
> となると、笠原は巧みに各役員への統一の評価を読み取り、原案に反映させるようになる。笠原はそうした付度ができる人間である。その結果、今の役員は部下や秘書として統一に長年仕えてきた人間や、豊臣家を支えてきた血筋の二世、三世ばかりになってしまった。
> しかし、林の目はごまかせない。
> 笠原は、統一の意に沿った人事案を作ることを隠れ蓑に、自分の出世でライバルとなりうる人間を巧妙にトヨトミから追い出している。
P186
> 自動運転車だけでは、社会は大して変わりません。ご存じかどうかわからないがアメリカのボストンやピッツバーグといった地方都市では、自治体が自動車メーカーやIT企業と組んで都市計画にライドシェアを組み込む取り組みがすでに始まっています。クルマを個々人が所有するのではなく、シェアすることによって都市の中心部に乗り入れるクルマの数が減りますから、慢性的な渋滞を緩和できる。クルマの台数が減ればやたらとスペースを食う駐車場は不要になりますから、その土地をオフィスビルやマンションにすることもできる」
> 中略
> 「その計画を知ったときに思ったのですが、都市計画の観点から見れば、ライドシェアと自動運転は同時に進むか、あるいはライドシェアが先に浸透しないと困るわけです。完全自動運転のクルマが先に普及すれば、それを個人が所有するようになります。結果、都市中心部の渋滞はいっそうひどくなり、ドーナツ化がさらに進む。渋滞がどれだけひどくなろうがドライバーへの負担は少ないでしょう。自動運転中に車内で何ができるかという法整備の問題はともかく、運転から解放されて、寝ているか、車内にパソコンを持ち込んで仕事をしていればいいわけですから。となると土地も家賃も安い郊外に家を買って、都市に通勤する流れは加速する。自動運転はこの世から交通事故をなくすかもしれません。しかし、それだけでは技術のムダ遣いだと私は思う」
P242
> 中身が腐らないために一番いいのは新しい血を入れることと、衝突だ。出自も考えも違う人間同士がああでもない、こうでもないと侃侃諤諤。すると不思議と組織は古びないんだな