KPIは結果であり出発点ではない
数字より先に「ハマっている状態」を掴みにいく
グロースを考える際、KPIを設定して追いかけることは自然な流れである。しかし、KPIはあくまで結果であり、出発点ではない。数字を追う前に、「ハマっている」とはどういう状態かを、作り手自身が体で理解している必要がある。
この「体で理解している」という点が極めて重要である。スプレッドシート上の数字を眺めているだけでは、ユーザーがなぜそのプロダクトに時間を費やしているのか、なぜ繰り返し戻ってくるのかを本質的に理解することはできない。作り手自身がヘビーユーザーとしてプロダクトを使い込み、「ここで止められなくなる」「この瞬間が気持ちいい」という感覚を自分の中に持っているかどうかが、グロース施策の質を根本から左右する。
方針なきKPIに意味はないという視点と同様に、「なぜその数字を追うのか」の根拠が曖昧なままでは、改善の方向性も見えてこない。DAUが伸びたとして、それが良いことなのかどうかは、DAUの背後にある行動を理解していなければ判断できない。一時的なキャンペーンで獲得したユーザーが数字を押し上げているだけかもしれないし、本当にプロダクトの価値が伝わって定着しているのかもしれない。数字だけを見ていては、この区別がつかない。
定義は仮置きにすぎない
「1週間で◯時間利用」「連続◯日プレイ」「◯回以上のセッション」といった定義は、仮置きとしては使える。チーム内でコミュニケーションを取るための共通言語として、ある程度の閾値を設けることには意味がある。しかし、それ自体が本質ではない。定義を設定することと、その定義が示す状態を理解していることは別の話である。
例えば「週3回以上ログインするユーザーをアクティブとする」という定義を置いたとする。この定義は便宜上のものであり、週3回ログインしているユーザーが本当にプロダクトに価値を感じているかどうかは、別途確認が必要である。習慣で開いているだけかもしれないし、代替サービスを探しながら惰性で使っているだけかもしれない。逆に、週1回しかログインしないが、そのたびに深く使い込んでいるユーザーもいるかもしれない。
定義を置くことで思考停止してしまうリスクがある。「週3回以上のユーザーを増やせばいい」という単純化が起きると、本質的な価値提供から遠ざかる施策に走りがちになる。プッシュ通知を増やしてログインを促す、ログインボーナスを設けるといった施策は、数字上のアクティブユーザーを増やすかもしれないが、プロダクトへの本質的なエンゲージメントを高めているとは限らない。
ハマっている状態を掴むための行動
むしろ重要なのは、自分たちが触っていて止められなくなる瞬間はどこかを特定することである。チームメンバー全員がプロダクトを日常的に使い、「この機能は気持ちいい」「ここで詰まる」といった感覚を蓄積していく。その感覚が、数字では見えないプロダクトの強みと弱みを教えてくれる。
想定を超えて使っているユーザーがいるなら、その人に直接聞くことも重要である。ユーザー理解の初期段階では個人の感覚ではなく実体験に基づく行動観察を優先すべきであるという原則が、ここでも当てはまる。ヘビーユーザーに「なぜこんなに使っているのか」「どの瞬間が一番楽しいか」「他のサービスと何が違うか」を聞くことで、KPIの背後にある本質が見えてくる。
ユーザーインタビューの際に注意すべきは、ユーザー自身も自分の行動の理由を正確に言語化できるとは限らないということである。「なぜ使っていますか」と聞いても、表面的な回答しか返ってこないことが多い。むしろ、具体的な行動を時系列で追いかけながら、その都度「なぜそうしたのか」を掘り下げていく方が、本質に近づける。
「なぜやめられないのか」を言葉にする
数値を追跡する前に、「なぜこのプロダクトにハマるのか」を言葉にできているかを問うべきである。その言語化ができて初めて、KPIは意味を持つ。プロダクト開発におけるコア体験の重要性を理解した上で、その体験を測定する指標としてKPIを位置づける。順序を逆にしてはならない。
「なぜやめられないのか」を言葉にするためには、プロダクトが提供している価値を分解する必要がある。機能的な価値(タスクを効率的にこなせる)、情緒的な価値(使っていて気持ちいい)、社会的な価値(他者とつながれる、承認される)など、複数の層がある。どの層がユーザーを引きつけているのかを理解することで、KPIの設計も変わってくる。
例えば、情緒的な価値が中心のプロダクトであれば、単なる利用時間よりも、特定の機能の利用頻度や、感情的なリアクション(いいね、シェア、コメント)の方が本質を捉えているかもしれない。社会的な価値が中心であれば、友人の招待数や、他ユーザーとのインタラクション数が重要になるだろう。
KPIを設計する前に答えるべき問い
KPIを設計する前に、以下の問いに答えられる状態を目指すべきである。
- このプロダクトで最も価値を感じている瞬間はどこか
- ユーザーが繰り返し戻ってくる理由は何か
- 他の選択肢(競合、代替手段)ではなくこのプロダクトを選ぶ理由は何か
- ハマっているユーザーとそうでないユーザーの行動の違いは何か
これらの問いに対する仮説を持った上でKPIを設計すれば、そのKPIが何を測っているのか、なぜその数字が重要なのかを説明できる。説明できないKPIは、追いかけても意味がない。目的が常に先にあるという原則は、KPI設計においても同様に当てはまるのである。