「UXを良くする」では不十分
プロダクト開発において、「UXを良くする」という言葉はよく使われる。しかし、それだけでは不十分である。UXが良くなった状態とは、具体的にユーザーが何をしている状態なのか。その状態に至るまでに、どの行動が積み重なっているのか。これらを具体的に捉えなければ、機能追加も優先順位付けもできない。
「UXを良くする」という言葉の問題は、その曖昧さにある。チームメンバーそれぞれが「良いUX」について異なるイメージを持っていると、議論が噛み合わない。あるメンバーは「使いやすさ」を想像し、別のメンバーは「見た目の美しさ」を想像し、また別のメンバーは「機能の豊富さ」を想像しているかもしれない。この状態で機能追加の議論をしても、合意形成は困難である。
プロダクト開発におけるコア体験の重要性で述べられているように、機能単体で考えるのではなく、その機能がユーザー体験全体の向上にどう寄与するかに焦点を当てる必要がある。新しい機能を追加することは、必ずしもUXの向上につながるわけではない。むしろ、機能が増えることでUIが複雑になり、ユーザーの認知負荷が高まり、結果としてUXが悪化することもある。
良い体験を具体的に記述する
良い体験を言語化するためには、抽象的な形容詞ではなく、具体的な行動や状態で記述する必要がある。「快適な体験」ではなく、「ユーザーが3ステップ以内で目的を達成できる」「迷わずに次のアクションがわかる」「待ち時間を感じない」といった形で記述する。
この記述において重要なのは、ユーザーの視点で書くことである。「◯◯機能を実装する」ではなく、「ユーザーが◯◯できるようになる」という形で書く。機能はあくまで手段であり、目的はユーザーの体験である。この順序を間違えると、機能を実装することが目的化してしまい、本質的な価値提供から遠ざかる。
また、良い体験の記述には、ネガティブな側面も含めるべきである。「ユーザーが◯◯で困らない」「◯◯のストレスを感じない」といった記述も重要である。人間は得られるものよりも失うものに敏感であり、ストレスの除去は新しい価値の追加と同等以上の効果を持つことがある。
KPIから逆算して急がない
V1.1、V1.2、V1.3といったロードマップを考える際にも、KPIから逆算して急いで決めないことが重要である。「DAUを20%増やすために◯◯機能を追加する」という思考は、一見論理的に見えるが、実際には飛躍がある。◯◯機能を追加することでDAUが増えるという因果関係は、検証されていない仮説に過ぎない。
まず「良い体験とは何か」をちゃんと考え、言葉にする。その上で、その体験を実現するために必要な機能を検討する。そして、その機能が実装されたときにどのような指標が動くかを考える。この順序を守ることで、機能追加の意思決定に一貫性が生まれる。
ビジネスとユーザー体験の接続方法:グロースサイクル実践編にあるように、ユーザーがコアな行動を連続して起こすための機会をどう設計するかが問われる。コアな行動とは、プロダクトの価値を最も感じられる行動のことである。この行動を特定し、その行動に至るまでの導線を最適化することが、グロースの本質である。
行動の積み重なりを可視化する
良い体験を言語化するとは、ユーザーの行動の連鎖を可視化することでもある。UXデザインはユーザーが行動をしやすい環境を作るデザインという視点から、どの行動がどの行動を呼び起こすのかを明確にする。その理解があって初めて、機能追加の意思決定に根拠が生まれる。
例えば、SNSにおける「良い体験」を考えるとする。単に「楽しい」では不十分である。「投稿する→反応がもらえる→嬉しい→また投稿したくなる」という行動の連鎖を記述することで、どこに介入すべきかが見えてくる。反応がもらえる確率を上げるのか、反応が見えるまでの時間を短縮するのか、反応の質を上げるのか。行動の連鎖を可視化することで、具体的な施策の候補が浮かび上がる。
この可視化において、プロダクトデザインの本質的価値は人間の行動変容を促し、持続可能な習慣形成を実現することにあるという視点も重要である。一度だけの行動ではなく、繰り返される行動、習慣化される行動を設計することが、持続的なグロースにつながる。
体験の言語化がチームにもたらすもの
良い体験を言語化することは、チーム内のコミュニケーションを改善する。全員が同じ「良い体験」のイメージを共有していれば、機能追加の議論が建設的になる。「この機能は我々が定義した良い体験に寄与するか」という問いで判断できるからである。
また、体験の言語化は、優先順位付けの基準にもなる。限られたリソースの中で何を先に作るかを決める際、「どの機能が良い体験への寄与度が高いか」という軸で比較できる。この軸がなければ、声の大きい人の意見が通ったり、作りやすいものから作ったりといった、本質的でない意思決定が行われがちである。
さらに、体験の言語化は、振り返りの基準にもなる。機能をリリースした後、「良い体験に近づいたか」という問いで効果を測定できる。数字だけを見ていると、短期的な変動に一喜一憂してしまうが、体験という軸があれば、より本質的な評価が可能になる。
言語化の精度を上げるための反復
良い体験の言語化は、一度で完成するものではない。プロダクトを運用しながら、ユーザーの声を聞きながら、徐々に精度を上げていくものである。最初の言語化は粗くても構わない。重要なのは、言語化を試みること自体である。
言語化を試みることで、「実は自分たちは良い体験が何か分かっていない」という事実に気づくことがある。この気づきは重要である。分かっていないことが分かれば、調査や検証を行う動機が生まれる。分かったつもりでいると、間違った前提の上に施策を積み重ねてしまうリスクがある。
作りながら考えるプロセスが思考を明確化し、創造的な問題解決を促進するという原則は、体験の言語化にも当てはまる。完璧な言語化を待つのではなく、まず言語化してみて、その言語化を検証し、修正していく。このサイクルを回すことで、良い体験への理解が深まっていく。