2025年以前

「深く」か「広く」かという根本的な分岐

グロースを考える最初の問いはシンプルである。すでに価値を感じている人に、より深く使ってもらうのか。まだ価値を感じていない人にも、広く使ってもらうのか。この分岐を明確にすることが、すべての出発点となる。

この問いが重要なのは、「深さ」と「広さ」では求められる施策がまったく異なるからである。深さを追求するフェーズでは、既存ユーザーの行動を細かく観察し、彼らがより長く、より頻繁に、より深くプロダクトを使うための改善を重ねる。一方、広さを追求するフェーズでは、まだプロダクトに触れていない層にリーチするためのチャネル開拓や、初回体験の最適化、認知獲得のためのマーケティング施策が中心になる。

重要なのは「両方やる」ではなく、今どちらに向き合うフェーズなのかを明確にすることである。プロダクト開発においては、リソースは常に有限であり、焦点を絞らなければ成果は薄まる。「両方やる」という判断は、一見バランスが取れているように見えるが、実際には両方とも中途半端になるリスクを抱えている。

売上につながるユーザーの定義が先

グロース判断や事業判断に耐える形で考えるならば、「売上につながりうるユーザーとは誰か」を先に定義すべきである。これは単にペルソナを設定することとは異なる。ペルソナは抽象的な理想像を描くことが多いが、ここで求められているのは、実際に課金する可能性が高い、あるいは事業価値を生み出す可能性が高いユーザー像を、現実のデータや観察に基づいて特定することである。

PMFの達成においても、すべてのユーザーに同時にフィットさせることは現実的ではない。むしろ、特定のセグメントに対して圧倒的にフィットしている状態を作ることが先決である。その「特定のセグメント」を定義するためには、現在のユーザーの中で誰が最も価値を感じているか、誰が最もプロダクトを使い込んでいるかを観察する必要がある。

スタートアップのフェーズによって、注力すべき対象は変わる。初期段階では、少数でも深くハマっているユーザーを増やすことが優先される。なぜなら、この段階ではプロダクト自体がまだ磨かれておらず、広くリーチしても離脱率が高くなるだけだからである。深くハマっているユーザーの声を聞き、彼らのニーズに応えることで、プロダクトの核となる価値が明確になっていく。

ある程度の基盤ができた段階で、隣接ユーザー理論に基づいて、次に獲得すべきユーザー層を見定めていく。隣接ユーザーとは、現在のコアユーザーに近い属性や課題を持ちながら、まだプロダクトを使っていない層のことである。いきなり全く異なるセグメントを狙うのではなく、既存のコアユーザーに近い層から順番に広げていくことで、プロダクトの価値提案を大きく変えることなく成長を実現できる。

フェーズを曖昧にしないことの価値

フェーズを曖昧にしたまま施策を打つと、「なんとなく良さそう」な判断が積み重なり、振り返りもできなくなる。施策Aが成功したのか失敗したのかを評価するためには、その施策が何を目指していたのかが明確でなければならない。深さを追うための施策なのに、広さの指標で評価してしまうと、正しい判断ができない。

今は深さを追うフェーズなのか、広さを追うフェーズなのかを言語化しておくことで、チーム内の意思決定基準が揃い、施策の評価も可能になる。例えば「今四半期は深さフェーズ」と明言しておけば、新規ユーザー獲得よりも既存ユーザーのエンゲージメント向上を優先すべきという判断が自然に導かれる。逆に「今は広さフェーズ」であれば、多少の離脱率上昇を許容してでもリーチを広げる施策を優先できる。

この言語化は、チーム内の議論の質も向上させる。「この機能は必要か」という議論が発生したとき、フェーズが明確であれば「今は深さフェーズだから、既存ユーザーの体験向上に寄与するかどうか」という軸で判断できる。フェーズが曖昧だと、各メンバーが異なる前提で議論してしまい、合意形成が困難になる。

フェーズ判断の誤りがもたらすリスク

フェーズ判断を誤ると、取り返しのつかない結果を招くことがある。最も典型的なのは、深さが不十分な段階で広さを追ってしまうケースである。プロダクトの核となる価値がまだ固まっていない状態で大量のユーザーを獲得しても、彼らの多くは離脱する。そして一度離脱したユーザーを再度獲得するコストは、新規ユーザーを獲得するコストよりも高くなることが多い。

逆に、すでに深さが十分な段階で深さにこだわり続けると、成長の機会を逃す。市場には競合が存在し、彼らも同じユーザー層を狙っている。深さが十分なのに広さに移行しないと、競合に先を越されてしまうリスクがある。

フェーズ判断は、データだけでなく、プロダクトへの深い理解と市場の洞察を必要とする。イシューの見極めが問題解決と価値創造の出発点となるように、グロースにおいても「今何に向き合うべきか」というイシューの見極めが、すべての出発点なのである。