二つのつくり方
モノづくりには大きく分けて二つのアプローチがある。
一つは「設計を終えてから、組み立てる」やり方だ。工業製品や建築物がその代表である。まず図面を引き、材料を選び、工程を決め、それに従って組み立てていく。完成形は設計の段階ですでに確定しており、製造はその忠実な再現にすぎない。後戻りのコストが極めて高いからこそ、前工程の精度にすべてが懸かる。
もう一つは「つくりながら、形を探してゆく」やり方だ。粘土による造形がその典型である。手を動かしながら、素材の手触りや偶然の形に導かれて、最終的な姿が立ち現れてくる。完成形はあらかじめ決まっていない。つくるプロセスそのものが、形を発見するプロセスでもある。デザイン思考の本質は設計とは対照的な創造的行為であり、手を動かすことから生まれる発見的プロセスであるというのは、まさにこの後者の性質を指している。
この二つの違いは、単なる手順の問題ではない。モノに対する根本的な態度の違いだ。前者は「正解を事前に決定できる」という前提に立っている。後者は「正解はつくりながらでないと分からない」という前提に立っている。
デジタルプロダクトはなぜ「設計→組立」で作られてきたか
デジタルプロダクトは長らく前者のアプローチで開発されてきた。ウォーターフォール型の開発プロセスは、工業製品の製造工程をほぼ踏襲したものだった。要件定義、基本設計、詳細設計、実装、テスト。各工程を順番に完了させ、後戻りは最小限に抑える。昨今のデジタルプロダクト開発でアジャイルが大切な理由は迅速かつ柔軟な対応が求められるためであるというノートでも触れたが、このウォーターフォール的手法には歴史的な必然性があった。
なぜか。それはデジタル素材そのものの性質ではなく、ツールの制約によるものだ。コンパイルに何時間もかかった時代。デプロイが一大イベントだった時代。プロトタイプを作るにも専門的な技術と多大な時間を要した時代。ユーザーからのフィードバックを得るまでに数ヶ月かかった時代。こうした環境では、事前に設計を固めてから組み立てるしかなかった。「やり直し」のコストがあまりに高かったからだ。
つまり、デジタルという素材は本質的には粘土のように可塑的であったにもかかわらず、ツールの未成熟がその可塑性を封じ込めていた。鉄骨を扱うように硬直した手つきで触れざるを得なかったのだ。
素材の本性が解放されつつある
デジタル素材の本質的な性質を考えてみる。コード、ピクセル、データ——これらは物理的な素材とは根本的に異なる。形を変えるのに材料費はかからない。壊しても物理的な損失はゼロだ。無限にコピーでき、無限にやり直せる。物理世界の素材が「一度形を与えたら後戻りが困難」であるのに対し、デジタル素材は「いつでも何度でも形を変えられる」。
この性質は最初からそこにあった。しかし、それを活かせるツールと環境が整ったのはごく最近のことだ。
変化は段階的に進んできた。まずアジャイル開発やリーンスタートアップが、ウォーターフォールへの反旗を翻した。「作ってから考える」ことの正当性を理論化した。次に、クラウドデプロイが継続的デリバリーを可能にし、リリースのコストを劇的に下げた。Figmaのようなリアルタイムコラボレーションツールは、デザインの反復速度を飛躍的に高めた。プロダクト開発においてプロトタイプが重要になってきた歴史的背景を振り返れば、この流れが一貫していることが分かる。
そして今、AIがこの流れを決定的に加速している。AIの本質的価値は反復速度の向上によるクオリティ改善にある。AIを用いたプロトタイプの迅速な作成とイテレーションが可能になり、AI時代のUXデザインはプロトタイプの高速生成と検証が全てを決定する状況が現実になっている。プロンプトひとつでUIの叩き台が生まれ、数分でバリエーションを比較検討し、方向修正できる。設計図を書く時間で、もう動くものが目の前に現れる。
ツールがようやく、デジタル素材の可塑性に追いついた。鉄骨を扱うように硬直した手つきで触れていた素材を、粘土のように自在にこねられるようになった。
不確実性という環境要因
素材とツールの話に加えて、環境の変化も無視できない。現代のプロダクト開発が直面する問題空間は、かつてないほど複雑で不確実だ。Cynefinフレームワークで言えば、多くのプロダクト課題は「複雑(Complex)」領域に位置しており、事前の分析だけでは最適解にたどり着けない。不確実な状況を乗り切るために必要な二つの特性が求められる領域だ。
ユーザーのニーズは多様化し、市場は高速に変化し、競合の動きは予測困難である。このような環境で「完璧な設計を事前に完成させてから組み立てる」というアプローチは、そもそも前提が破綻している。0→1プロダクト開発では観察駆動の試行錯誤による発見が再現可能な設計より優先されるのは、この不確実性への合理的な対応なのだ。
設計を事前に固定することが合理的だったのは、問題が「明確(Clear)」ないし「煩雑(Complicated)」な領域にあったからだ。問題が「複雑」領域に移れば、探索的なアプローチが必然となる。粘土のように、触りながら形を見つけるしかない。
設計が消えるのではなく、設計の在り方が変わる
ただし、「粘土造形化」はけっして「設計が不要になった」ことを意味しない。
粘土で造形する彫刻家にも、頭の中にはぼんやりとしたビジョンがある。完全に無目的に粘土をこねるわけではない。しかしそのビジョンは、手を動かす中で具体化し、修正され、時に根本から変わる。最初に図面を引いてその通りに作るのではなく、対話的に形を発見していく。
デジタルプロダクトにおいても同じことが起きている。構築とデザインの関係性は逆転し、反復的構築とジャッジを通したデザイン昇華プロセスが重要性を増している。設計の重心が「事前の仕様書」から「プロセス中の判断」に移った。デザインファイルを作るという行為の本質は、中間生成物ではなく、試行錯誤のキャンバスを用意することなのだ。
AI時代の創作は「作る」から「出会う」へのパラダイムシフトを要求する。設計者は建築家からスカルプターへと変わりつつある。完成形を事前に決定する人から、素材との対話を通じて形を発見する人へ。AI時代のクリエイティブワークは生成物からの削り出しプロセスへと変容しているのは、この転換の具体的な表れだ。
粘土造形化がもたらすもの
この移行がもたらす最も重要な帰結は、つくる人に求められる能力の変化である。
「設計→組立」モデルでは、上流の設計能力こそが最重要スキルだった。正しい仕様書を書けるか。適切なアーキテクチャを選べるか。事前に全体を見通す力が問われた。
「探索→発見」モデルでは、つくりながら判断する能力が最重要になる。AI時代における人間の判断力より試行錯誤の速度が成功を左右する。目の前に現れた形のどれが正解に近いかを見極める眼。違和感を察知する感覚。デザインの質向上は「違和感」の探索に基づく。そして創造的な仕事は最低5回の反復サイクルを経ることで質が向上することを知り、最初の形に固執しない柔軟さが求められる。
デザインの本質はセンスを形に変換する反復的な試行錯誤のプロセスである。デジタルプロダクトのつくり方がこの本質に近づいているとすれば、それはデジタルという素材がようやく、その本来の可塑性にふさわしい扱いを受けるようになったということだ。素材の性質にツールが追いつき、さらに問題空間の複雑さがそれを不可避にした——この二つの力学が、デジタルプロダクトを粘土造形へと押しやっている。