AIを使って、これまで五営業日かかっていた画面を一営業日で作れるようになったとする。 理論上、生産性が五倍になったように見える。 が、要件がずれていれば、ずれた画面を四日早くレビューへ持ち込んだだけである。生産性とはなんぞや、という話になる。
制作が速くなればなるほど、チームがどこに時間を使うべきか、が変わる。 何を作るのか。 なぜそれを作るのか。 誰にとって、どの状態まで行けばよいのか。 ここが曖昧なままでは、AIは整った間違った作り物を短時間で大量に量産する。
AIが作る時代に、デザイナーは何をするのか。 ここ数年ずっと考え、いろいろ試してきた自分の答えは以下だ。
- 現場にある無数の判断材料(いわゆるコンテキスト)を吸収し、
- それを言語化することでAIに渡し、
- AIが具現化したものを見ながら、ユーザーや自分やチームメンバーも含む関係者の価値観を少しずつ揃えていく
あくまで抽象的な解釈のデザインの話(デジタルを取り巻くデザインには大きく「体験」「表現」「遊び」としてのデザインがあると僕は思っているが、それはまた今度詳細に書きたい)だが、大体のデザイナーの仕事に当てはまるのではないかと思っている。
詳細に説明する前に、まずは価値と価値観の話をしたい。
価値と価値観

価値 → そのものがもたらす効用 価値観 → 何を良いとするかの判断基準 と定義する。 価値と価値観は、分けて考えたほうが色々わかりやすくなる。 同じ価値のものがあったとしても、それを取り巻く価値観が違えば、それは全く別のものになる。
たとえば、入力業務を改善するとする。 作業時間が短くなることを価値と感じる人もいれば、入力ミスが減ることを価値と感じる人もいる。 担当者は送信前に確認できる安心を求め、管理者は一日に処理できる件数を増やしたいかもしれない。 どれも、それぞれの立場では妥当であり、「使いやすい画面を作ろう」だけでは、誰にとって何が良くなるのかは決まらない。
ここでいう「価値観を揃える」は、具体的な案を何度も見ながら、誰にどんな価値を届けるのか、そのために何を優先し、何を諦めるのかを少しずつ一致させていくことだ。
人は、価値観を聞かれても、いきなりうまくは答えられない。 しかし、入力項目を減らした案、確認を増やした案、責任者を表示した案を目の前に置けば、「これは怖い」「ここまでは必要ない」「この確認は残したい」と反応できる。 デザイナーは、その反応から、それぞれが何を大事にしているかを言葉や絵にする。
現場でしか分からないこと
入力業務の担当者が、画面の横に紙の一覧を置いている。 ある項目だけは別の人へ口頭で確認し、送信ボタンを押す前に手が止まる。 仕様書には、入力項目と処理の流れしか書かれていない。
紙の一覧は、古い運用が残っているだけかもしれない。 過去の入力ミスから身を守るための記録かもしれない。 口頭確認は、曖昧な承認権限を現場で補っている可能性もある。 同じ行動を見ても、直すべき場所はまったく違う。
利用者の好みに加え、仕事上の責任と権限を見る。 間違えたときに誰が困るのか。 誰の了承があれば担当者は進められるのか。 正式な手順と実際の責任分担は一致しているか。 紙をなくしたとき、現場から何が失われるのか。 操作の裏には、リスクの取り方、権限、人間関係、過去の失敗がある。
自分は、こうした言葉になる前から判断に影響している材料を非言語コンテキストと呼んでいる。 表情や声の調子、沈黙に加えて、使い込まれた道具、飛ばされる手順、会議で発言できる人とできない人、マニュアルにはない例外処理も含まれる。
現場観察では、要件書になかった無数の非言語コンテキストがあり、そこに触れることで価値観の仮説が生まれる。
AIに渡すのは判断基準
議事録、仕様書、顧客の声を大量に入れても、どれを優先するかが決まっていなければ、出てきた案の良し悪しを判断できない。 長いプロンプトより先に、価値観の優先順位を決める必要がある。
必要なのは、今回の判断に使う情報である。 誰のどんな行動を変えたいのか。 そのとき守るものは何か。 どの制約は動かせず、どの慣習は見直せるのか。 関係者の要望が衝突したとき、誰が何を基準に決めるのか。 良い例と悪い例を並べたとき、どの差を重く見るのか。
先ほどの入力画面なら、「項目を減らしてシンプルにする」という指示には、現場で案を評価する条件がない。 「通常の入力は短くする。事故につながる項目は確認元と承認者を表示する。送信前に変更箇所を見比べられるようにする。過去に起きた入力ミスを再現して、担当者が送信前に気づけるかを試す」まで書けば、AIへ何を作らせるかが具体的になり、チームも同じ条件で案を評価できる。
言語化では、今回の判断に必要な差を選び、目的、制約、優先順位、具体例、確認方法へ変える。 言葉にしにくい判断は、図やラフ、動く試作品で確かめる。 人は目の前にものがあると、「ここは怖い」「この順番なら自然だ」「前の案にあった感じは残したい」と話せる。 音声と目の前にあるものを往復する方法が効くのは、その反応から判断基準を取り出せるからだ。
AIの初回出力も、完成品として扱う必要はない。 まだ言葉になっていない判断を見つけるための試作品として使える。 出力に感じた違和感を指し示し、理由を話し、次の案で確かめる。 このやり取りを繰り返すうちに、関係者が何を良いとするかが言葉になり、少しずつ揃っていく。 視覚的な仮説をAIとどう扱うかで書いたように、AIの出力はコンテキストを受け取った結果であり、次のコンテキストを発見する材料にもなる。
デザイナーは判断基準を作ってきた
デザインの依頼は、最初から十分な要件になっていることの方が少ない。 「信頼感を出したい」「若い人に届くものにしたい」「もっと使いやすくしたい」。 デザイナーは、誰からの信頼が必要なのか、どの場面で若さを感じてほしいのか、何ができれば使いやすいと判断するのかを聞いてきた。
話すだけで決まらなければ、ラフを作って見せる。 複数の案を並べると、「これは近い」「これは軽すぎる」「この感じは残したい」という反応が返ってくる。 デザイナーは、その言葉を受けて見た目を直し、また見せる。 このやり取りを繰り返しながら、相手が何を良いと判断しているかを見つけていく。 ラフは完成形の候補であると同時に、判断基準を確かめるための道具でもある。
デザイナーが早く気づく「なんか違う」も同じだ。 違和感の理由を説明して初めて、チームは修正に動ける。 どこが、誰にとって、何と合っていないのかを調べ、色の強さ、情報の順序、ブランドの態度、利用者の期待といった直せる対象へ変える。 違和感に早く気づけることは、その理由を説明し、次の案で確かめるところまで進んで仕事になる。
この能力は、手を動かしてきた経験と切り離せない。 自分で文字を組み、画面を設計し、何度もレビューを受けた人は、わずかな差が人の理解や行動をどう変えるかを知っている。 AIが制作を担うようになれば、若手が手を動かし、レビューを受け、利用者の反応まで見る機会を、仕事の中へ意図して残す必要がある。 作った経験が乏しければ、生成された案の差を見分ける基準も育ちにくい。
これからのデザイナーには、AIの操作方法に加えて、観察と判断の訓練が要る。 現場を観察すること、事実から仮説を作ること、形にして反応を引き出すこと、違和感を修正可能な言葉へ変えること、結果を見て判断を更新すること。 デザイナーはこれらを、制作の過程ですでに訓練してきた。
デザイナーを要件の後ろに置かない
現場に入り、コンテキストを取るのは、デザイナーだけではなくチーム全員の仕事だと思っている。 職種にかかわらず、自分の目で利用者や業務を見て、そこで起きていることを感じ、それぞれの視点から持ち帰るべきである。
そのうえで、同じ現場に入っても、経験してきたことや考え方によって、拾えるコンテキストは違う。 デザイナーは、訓練してきた感覚で他の人が見過ごす違和感や関係性に気づき、それを言葉、図、プロトタイプ、画面として具現化できる。 うちでは、感受性、全体把握、想像、質的判断、統合構想、具体化を行き来し、人に届く体験や表現へまとめる力を「感性統合力」と呼んでいる。 この感じ取って具現化する力の高さが、デザイナーのプロフェッショナリズムであり、これからさらに高めていくべきものだと思っている。
デザイナーがこの力を発揮できるかを個人の努力だけにすると、組織では続かない。 要件が決まり、納期と画面数まで固定された後に呼ばれたデザイナーは、現場で見つけた矛盾を要件へ戻せない。 利用者と話す機会、顧客対応の記録、事業側との日常的な会話へアクセスできて初めて、コンテキストを見つけられる。
デザイナーと現場の接点を、日々の業務へ組み込む。 問い合わせ対応を聞く。 営業が顧客へ説明する場に同席する。 実際の業務を隣で見る。 リリース後に、想定と違った使われ方を確かめる。 そして、現場で分かったことを理由に、問題設定や優先順位を変更できる権限を持たせる。
AIで減った制作時間をどこへ使うかが、デザイン組織の差になる。 画面数の目標を増やせば、レビュー待ちが増える。 現場観察、仮説の検証、判断理由の記録へ時間を使えば、作り始める前に誤解を見つけられる。
次の案件でも同じ基準を使うには、完成した画面とデザインシステムに加えて、理由の記録が要る。 なぜ今の仕様になったのか。 どの例外を守ったのか。 誰のどんな反応を受けて案を捨てたのか。 どの条件が変われば判断も変わるのか。 こうした記録があれば、次のデザイナーやAIは、過去の結論をただ模倣せず、理由を使って新しい案を検討できる。
マネージャーが決めるべきこともある。 案が大量に出るチームでは、誰が最終判断をするのか、何を根拠に選ぶのかを曖昧にできない。 レビュー人数を増やすと、意見の数も増える。 デザイナーが現場から判断材料を持ち帰り、責任者がその材料を使って決める流れを作る必要がある。
これからのデザイナーの評価
これからの評価では、制作量と合わせて、制作前後の判断を見る。 要件になる前にどんな誤解を見つけたか。 曖昧な要望を、どの判断基準まで具体化したか。 何を作らないと決め、その理由を残したか。 生成したものを、どの現場で誰と確かめたか。 意見の違う関係者が、同じ基準で話せるようになったか。 AIで制作量が増えるほど、こうした仕事が全体の無駄と手戻りを減らす。
新しい事業、顧客対応、組織の運営にも、文書に書かれていない判断材料がある。 デザイナーは、画面や広告で培った方法を、これらの仕事へ持ち込める。 現場の人が当然だと思っていること、立場の違いで言えないこと、過去の失敗から続いている行動を見つけ、関係者が検討できる形にする。 そのうえでAIに作らせ、現場の反応から判断を更新する。
最初に書いた短いノートでは、これを「非言語コンテキストの言語化」と書いた。 言語化の目的は、次の人とAIが、現場を雑に理解せずに判断できる状態を作ることにある。
作れるものが増えても、現場の事情は自動では入力されない。 そこへ行き、見たことと考えたことを分け、判断基準にし、作ったもので確かめる。 これからのデザイナーが取りに行く仕事は、そこにある。