2026-02-06

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助言と決定は別の行為である

南場智子はマッキンゼーで10年以上コンサルタントとして経験を積み、パートナーにまで至った後にDeNAを創業した。その際に最も痛感したのが、「Aにするべきです」と提案する行為と「Aにします」と決定する行為の間に横たわる、想像をはるかに超えた断絶だった。コンサルタントの「するべき」も判断であり、高度な分析と論理を要する。しかし、事業リーダーの「します」には、自分と組織の命運を賭ける覚悟が伴う。この覚悟の有無が、同じ判断という行為を根本的に別のものに変えるのである。

この断絶は、不確実な状況を乗り切るために必要な二つの特性におけるクラウゼヴィッツの洞察と深く共鳴する。クラウゼヴィッツは「眼力」と「決断力」を挙げたが、コンサルタントが主に求められるのは眼力——暗闇の中で真実を見抜く知性——であり、事業リーダーにはそれに加えて「かすかな光が照らす方向へ進む勇気」、すなわち決断力が不可欠となる。南場の体験は、この二つの特性が独立した能力であることを実証している。眼力があるから決断力があるわけではないのだ。

Skin in the Gameが意思決定の質を規定する

南場は重要な指摘をしている。「実際に事業をやる立場と同じ気持ちで提案しています、と言うコンサルタントがいたら、それは無知であり、おごりだ」と。優秀なコンサルタントは、間違った提案をしても死なない立場にいるからこそ、価値のあるアドバイスができる。この逆説は深い。リスクから距離を置いているからこそ冷静な分析が可能になるのであり、それ自体がコンサルタントの本質的な価値を構成している。

しかし、この構造は同時に、コンサルティング経験が事業リーダーの修行にはならないことを意味する。ナシーム・タレブが「Skin in the Game」で論じたように、リスクを自ら負わない者の判断と、結果を全身で引き受ける者の判断は、質的に異なるものである。判断力を鍛えるために必要なことは判断経験と失敗からの学びであるが、コンサルタントが経験する「失敗」はクライアントの失敗であって自分自身の存亡に関わるものではない。経験が判断力向上に必要な理由:変数の理解と経験の関係が示すように、意思決定の質は体験した変数の深さに依存するが、当事者として負うリスクの重さこそが最大の変数なのである。

南場はこの構造を「ゴルフでタイガー・ウッズのようなトーナメントプロになりたいから、まずはレッスンプロになろう、というのと同じくらいトンチンカンだ」という比喩で表現した。教える能力とやる能力は別の筋肉であり、一方を鍛えても他方が自動的に育つわけではない。

迷いの共有はチームの突破力を殺す

南場が直面したもう一つの発見は、意思決定プロセスの透明性がチームの実行力に与える負の影響である。創業当初、彼女は戦略の方向性を5案に絞り、社員とともにホワイトボードに◎○△×をつけて評価していた。論理的で民主的なプロセスだが、A案とB案が僅差で決まった場合、実行段階で壁にぶつかるたびにチーム全体が「やっぱりB案だったのかな……」と揺らいでしまう。

この問題の本質は、Cynefinフレームワークで言う「Complex(複雑)」な領域における意思決定の特性にある。事業戦略は因果関係が事前に予測できない複雑系であり、どの案を選んでも想定外の壁が出現する。その壁に対する突破力は、論理的な正しさよりもチームの確信の強さによって決まる。戦略は適度であるべきであり、過剰な計画は失敗を招くのと同様に、過剰な比較検討のプロセスもまた実行力を損なう。

ここにはチームの生産性におけるリーダーシップの役割に関する重要な示唆がある。リーダーの仕事は、検討段階では多様な視点を取り込みつつ、実行段階では迷いを見せないことである。「本当は迷いだらけだし、そしてとても怖い。でもそれを見せないほうが成功確率は格段に上がる」という南場の言葉は、リーダーシップの本質が「正しい判断をすること」ではなく「判断を正しくすること」——つまり、選んだ道を成功に導く環境をつくることにあることを示している。

判断を「正しくする」ということ

判断の正誤よりも行動による検証と改善が重要であるという既存の知見と、南場の洞察を統合すると、より深い構造が見えてくる。意思決定において重要なのは、事前に正しい選択肢を選ぶことだけではなく、選んだ後にその選択を正解にしていく実行力なのである。

全ては紙一重。結果がどうなるかで評価は変わる。が示すように、事後的な評価は結果によって大きく変動する。A案もB案も僅差であるならば、どちらを選んでも成功の可能性は存在する。その可能性を現実にするのは、意思決定の論理的精度ではなく、チーム全体の突破力——迷いのない実行——である。

これはイノベーティブな商品開発と経営のバランスにおける「直感とセンスの役割」とも接続する。不確実性の中では論理だけでは決められない。最後に踏み切るのは直感であり、踏み切った後に必要なのは覚悟である。

unlearnの困難さ

南場が語るもう一つの重要な概念が「unlearning(学習消去)」である。コンサルタントとして身につけた思考様式やアプローチの中には、事業リーダーとしてはむしろ害になるものがある。分析的で網羅的な検討プロセス、複数案の比較評価、リスクの明示——これらはコンサルタントとしては美徳だが、事業リーダーとしては実行力を削ぐ原因になりうる。

この「学んだことを手放す」困難さは、キャリアの転換期に広く当てはまる。デザイナーがマネージャーになるとき、エンジニアがプロダクトマネージャーになるとき、同様の断絶が生じる。過去の成功体験が新しい役割での成長を阻害するのである。0→1プロダクト開発では観察駆動の試行錯誤による発見が再現可能な設計より優先されるように、新しい領域では過去の方法論をいったん脇に置き、まず動いてみることが求められる。

まとめ——覚悟が判断を判断たらしめる

「するべき」と「します」の間にある断絶は、単なる責任の重さの違いではない。それは、世界との関わり方の根本的な転換である。助言者は世界を外から観察し分析する。決定者は世界の中に自らを投じ、結果を引き受ける。この転換を身体で理解することは、どれほど優れた分析力を持っていても、実際に飛び込むまではできない。アクションの早さの重要性が説くように、理解は行動の後にしかやってこないのである。