2026-02-18

デザインの本質は「感情」にある

デザインという言葉は多義的であり、設計、意匠、計画など多くのニュアンスを含む。しかし、その核心を一言で表すならば、デザイナーとは「人の感情をデザインする人」である。機能的に正しいものを作ることはエンジニアリングであり、ビジネスとして成立させることはマネジメントである。ビジネス、エンジニア、デザイナーの役割の違いを踏まえたとき、デザイナーに固有の領域とは何か。それは、人がある対象に触れたときに「どう感じるか」を意図的に設計することである。

デザインをするとは、意図を持って設計と意匠を行うということであるという定義において、「意図」の射程は最終的に人の感情に到達する。ボタンの色、フォントの選択、余白の取り方、画面遷移のアニメーション——これらはすべて、ユーザーが体験する感情の質を左右する変数である。ドナルド・ノーマンのデザインの3つの次元が示すように、人間の認知には本能的(visceral)、行動的(behavioral)、内省的(reflective)という三つの層がある。デザイナーはこの三層すべてに働きかけることで、単なる機能提供を超えた体験を創出する。

感情のデザインが意味すること

感情のデザインとは、単に「気持ちいいものを作る」ということではない。それは、人が対象と出会ったときに生じる一連の感情的反応——期待、驚き、安心、達成感、喜び、時には意図的な緊張——を設計することである。デザインは人間の動物的本能に働きかけることで経済合理性を超えた価値を創造するという視点は、この本質を鋭く捉えている。

たとえば、ログインフォームに「おかえりなさい」と表示するだけで、ユーザーの感情は変わる。それは機能的には無意味だが、体験としては決定的な差を生む。心を震わす体験が必要な理由は、まさにこの点にある。人は合理的な判断だけで行動するのではなく、感情によって動かされる存在だからである。

プロダクトデザインの本質的価値は人間の行動変容を促し、持続可能な習慣形成を実現することにあるという命題も、感情のデザインと密接に関連している。行動変容の背後には必ず感情がある。「使いたい」「続けたい」「また来たい」——これらはすべて感情であり、デザイナーはその感情が自然に湧き起こる環境を設計するのである。

なぜ「感情」がデザイナー固有の領域なのか

エンジニアは論理と構造を扱い、ビジネスパーソンは市場と収益を扱う。では、デザイナーは何を扱うのか。デザイナーは人間に物事を落とし込むのが役割であるという表現が示すように、デザイナーの仕事は「人間側」に立つことである。そして人間側に立つとは、人の感情を理解し、それに寄り添い、時にそれを導くことに他ならない。

解釈無限な物に対してのアプローチを常日頃行ってるからこそ、デザイナーは想像力が高いという指摘は重要である。感情には正解がない。同じデザインでも、人によって、文脈によって、感じ方は異なる。この「正解のなさ」に日常的に向き合っているからこそ、デザイナーは感情のデザインという繊細な仕事を遂行できる。

デザイナーは自分の「なんか違う」という感覚に敏感である必要があるのも、感情のデザインという役割から導かれる当然の帰結である。自分自身の感情的反応を精密に観察できなければ、他者の感情を設計することはできない。デザイナーの身体知とは、つまるところ感情の身体知なのである。

感情のデザインとアートの違い

ここで重要なのは、感情のデザインとアートとの違いを明確にすることである。アートは文脈を切り取るものであるという定義に対して、デザインは文脈を「設計する」ものである。アーティストは自身の感情や視点を表現するが、デザイナーは他者の感情を意図的に導く。ここに根本的な方向性の違いがある。

アーティストが「私はこう感じた」を出発点にするのに対し、デザイナーは「あなたにこう感じてほしい」を出発点にする。この他者志向性こそが、感情のデザインをデザインたらしめている本質である。デザインという行為は意匠と設計で人の行動に補助線を引くことであるという定義における「補助線」とは、感情の補助線でもある。

AI時代における感情のデザインの意味

デザイナーの仕事はAI時代において感情作用と統合的プロトタイピングを中心としたクリエイティブ領域へと回帰するという洞察は、この議論の延長線上にある。AIが論理的な設計や情報構造を効率的に処理できるようになればなるほど、デザイナーに残る固有の領域は「感情」になる。

デザインの非決定性がAIによる解決を困難にし、人間の感性と判断が不可欠となるのは、感情には計算可能な最適解が存在しないからである。「正しい」感情反応というものはなく、文脈と人に依存する。この非決定性こそが、デザイナーという職能が感情のデザインを核に据え続ける根拠である。

エモの言語化が示すように、感情を扱うことは言語化の困難さと常に隣り合わせである。しかし、言語化できないからこそ価値がある。デザインは身体知を通じた実践的な試行錯誤によってのみ習得可能な創造的行為であるとは、まさに感情のデザインが経験と身体感覚の蓄積なしには成り立たないことを意味している。

感情のデザインは関係性のデザインである

最終的に、感情のデザインとはデザインは関係性の変化を捉え、インターフェースを通じてそれを改善する行為であるという命題と合流する。人とモノ、人とサービス、人と人の関係性——その接点で生じる感情を丁寧に設計することが、デザイナーの本質的な仕事である。

デザインにおける調和の重要性もまた、感情の文脈で理解される。調和とは視覚的な美しさだけを指すのではなく、人がその対象と出会ったときに感じる「しっくりくる」という感情のことである。違和感のなさ、心地よさ、信頼感——これらの感情を生み出す統合的な設計こそが、デザイナーの真骨頂なのである。