ジェネラティビティとは何か
ジェネラティビティ(Generativity)とは、発達心理学者エリクソンのアイデンティティ発達理論において提唱された概念であり、中年期における主要な発達課題を指す。この概念の核心は、自分自身の成功や達成だけでなく、次世代の成長と発展に貢献することで人生の意味を見出すという点にある。エリクソンは、この段階を成功裏に通過することで、人は「世話」という徳を獲得し、より深い人生の充実感を得られると主張した。
ジェネラティビティは単なる生物学的な意味での「次世代を残す」ことにとどまらない。知識や技術、価値観、文化的遺産を次の世代に伝えていくという広義の概念である。これは組織作りとデザインの暗黙知を言語化することは、実践知の共有と継承を可能にする重要な価値創造活動であるという観点とも深く結びついており、個人の経験や知恵を社会的な資産として継承していく営みと捉えることができる。
停滞と継承の対比構造
停滞状態の特徴
ジェネラティビティを達成できない状態は「停滞(Stagnation)」と呼ばれる。この状態にある人は、自分自身の出世や成功のみに関心を向け続け、やがて孤独感と限界感に苛まれることになる。中堅期の停滞は組織と個人双方の構造的な課題であり、緩やかな死につながる可能性があるという指摘が示すように、この停滞は個人のキャリアにおいても深刻な問題となる。
停滞状態の人は、自分の能力や実績を誇示することに執着し、他者の成長を支援することに価値を見出せない。結果として、承認欲求は、自己の社会的な位置を認識し集団内で効果的に機能するための動機を得るために必要であるにもかかわらず、その欲求が満たされない悪循環に陥る。自己完結的な成功追求は、長期的には精神的な枯渇をもたらすのである。
継承状態がもたらす充実感
一方、ジェネラティビティを達成した人は、次世代の育成に喜びを見出す。「自分のためだけに生きるには、残りの人生は長すぎる。自分の経験を『誰かのため』に使った時、第二のエンジンに火がつく」という認識が、継承状態の本質を表している。
この転換は仕事の報酬は成長である:キャリア発展の本質的価値という考え方と共鳴する。自分自身の成長だけでなく、他者の成長を促すことが新たな報酬となり、それが自己の成長にもフィードバックされる循環が生まれる。メンティーに受容感を醸成するメンターの心構えと行動を実践することで、メンター自身もまた深い充実感を得ることができるのである。
プレイヤーからメンターへの進化
キャリアステージにおける転換点
キャリアステージの観点から見ると、ジェネラティビティの達成は単なる心理的な成熟ではなく、職業人としての役割の根本的な変容を意味する。キャリアステージの移行において最も重要なポイントは、心理的な調整と自己認識の向上であり、プレイヤーとして第一線で活躍することから、メンターとして次世代を育てる役割への移行は、この調整の最も重要な局面の一つである。
手を動かす実務から離れる際の感情的葛藤は、新たな価値創造への重要な転換点となるという認識は、この移行の困難さと同時に、その先にある可能性を示唆している。多くの優秀なプレイヤーは、自分が直接成果を出すことに価値を見出してきたため、他者を通じて成果を出すことへの転換に抵抗を感じる。しかし、この転換こそがジェネラティビティ達成の核心である。
メンターとしての新たな価値創造
メンターへの進化は、マネジメントの本質は人材資源の最大活用にあるという原則と密接に関連している。ただし、ここでいうメンターとは必ずしも公式な管理職を意味するわけではない。リーダーシップの階層的育成が組織において重要であるように、あらゆる立場の人が自分より経験の浅い人々に対してメンター的な役割を果たすことができる。
成長してもらうには、先輩の思考のトレースをしてもらうのが一つの方法という実践的なアプローチは、ジェネラティビティを具体的な行動に落とし込む方法の一つである。自分の思考プロセスや判断基準を言語化し、後進に伝えることで、ノウハウは繰り返しの経験で蓄積されるという原則に基づいた効果的な知識継承が可能になる。
組織におけるジェネラティビティの意義
組織の持続可能性との関係
ジェネラティビティは個人の発達課題であると同時に、組織の持続可能性にとっても不可欠な要素である。新陳代謝は生物と企業の生存と進化を可能にするという観点から見れば、次世代への知識と経験の継承は、組織が環境変化に適応し続けるための基盤となる。
コレクティブ・ラーニングの促進は組織の革新と成長の鍵であるという認識は、個人のジェネラティビティが組織全体の学習能力を高めることを示している。一人ひとりが持つ暗黙知や実践知を次世代に伝えていくことで、組織としての知的資産が蓄積され、情報を結びつけて知識体系を作ることが大事という原則が組織レベルで実現される。
心理的安全性との関連
ジェネラティビティが機能するためには、デザイナーが少ない組織では心理的安全性とノウハウの蓄積に特別な工夫が必要であることが示すように、次世代が安心して学び、失敗できる環境が必要である。失敗を認めて安心できる状態を作ることが子供の健全な成長と発達に繋がるという原則は、組織における人材育成にもそのまま当てはまる。
メンターは、建設的なフィードバックを行うためのコツを習得し、後進の成長を支援しながらも、彼らが自律的に判断し行動する力を育てなければならない。過度な介入は依存を生み、成長を阻害する。子供には自由を与えることがその成長と発達において重要という教育的知見は、組織における人材育成においても同様に重要である。
30代後半からのアイデンティティ再編成
30代後半はキャリアや人生の大きな節目であり、アイデンティティを再編成することが重要であるという認識は、ジェネラティビティの課題が顕在化する時期と重なる。中年期のアイデンティティ・クライシスへの処方箋としての「探究テーマ」設定が示すように、この時期には自己のあり方を根本から問い直す必要がある。
現在の関心に向き合い、探究テーマを設定することがアイデンティティ再編のステップであり、その探究テーマの中に「次世代への貢献」という要素を含めることが、ジェネラティビティ達成への道筋となる。探究型キャリアステージモデルは長期的な自己実現と社会貢献のための効果的な指針であるという観点から、自己成長と他者への貢献を統合した人生設計が求められる。
結論:持続可能な充実感への道
ジェネラティビティの達成は、単に「良い人になる」という道徳的な問題ではない。それは、人間は社会的生物であり、数の論理に従うという本質に根ざした、人生後半を充実して生きるための実践的な戦略である。自分だけの成功を追い求め続けることは、やがて限界に達し、孤独と停滞をもたらす。
一方、次世代の育成に力を注ぐことで、新たなエネルギー源を獲得し、人生の意味を更新し続けることができる。利他主義と利己主義の関係性が示すように、他者への貢献は最終的に自己の充実につながる。プレイヤーからメンターへの進化は、衰退ではなく、より高次の価値創造への移行なのである。