2026-02-21

方向づけの能力

AIを使いこなす人と使いこなせない人の間に、圧倒的な生産性の差が生まれている。この差を説明する鍵は、AIの操作スキルではなくマネジメント能力にある。

AIへの指示は、部下やチームメンバーへの指示と本質的に同じ構造を持っている。どちらも「何を」「なぜ」「どの水準で」を明確に伝える必要がある。曖昧な指示からは曖昧なアウトプットしか返ってこない。期待する品質の水準を暗黙のまま渡せば、基準を満たさないものが上がってくる。方向を示さずに「いい感じにやって」と言えば、いい感じにはならない。

この「方向づけ」がうまい人は、AIに対しても的確な成果物を引き出す。逆に自分自身が方向を持っていない人は、AIに何を頼めばいいかすらわからない。

シニアが速く、ジュニアが遅い構造的理由

複数の開発組織で同じ現象が観察されている。シニアなエンジニアの生産性はAIで大幅に向上し、ジュニアのそれは期待ほど上がっていない。

シニアがAIを使いこなせる理由は明確だ。彼らは完成形のイメージを持っている。アーキテクチャの良し悪しを判断できる。出力されたコードを読んで「ここはまずい」と気づける。つまりAIの出力を評価するフレームワークを持っている。この評価能力こそがマネジメント能力であり、人間の部下に対するレビューとまったく同じスキルだ。

一方でジュニアはAIの出力をそのまま受け入れがちだ。「AIが出してきたんで」という言い方が象徴的で、自分の判断を挟まずにAIの出力を通してしまう。これは部下が「先輩が言ったんで」と言って自分の頭で考えないのと同じ構造だ。

クリエイティブディレクションとの相似

この構造はクリエイティブの領域ではさらに顕著になる。デザインをするとは、意図を持って設計と意匠を行うということであるが、AIにデザインを任せるときにも同じ「意図」が必要になる。

クリエイティブディレクションとは、表現の方向性を判断し、品質の基準を設定し、フィードバックを通じてアウトプットを磨き上げていくプロセスだ。これはまさにAIへの指示とフィードバックのループそのものだ。配色を変えてくれ、フォントをユニバーサルデザイン寄りにしてくれ、アンケートの形式を1問1答に変えてくれ。これらの判断は、過去の経験と審美眼に裏打ちされている。

マネジメントの成功は個人の特性を活かした柔軟な判断基準と育成アプローチにあるのと同じように、AI活用の成功も状況に応じた柔軟な判断にかかっている。万能のプロンプトテンプレートは存在しない。

経験がなければ方向は示せない

ここで問題になるのは、この方向づけの能力が経験に強く依存していることだ。経験学習理論が示すように、能力は具体的な経験とその内省の繰り返しから構築される。AIの使い方を教えるだけでは足りない。AIに何を任せ、何を自分で判断すべきかを見極める力は、その領域での実践経験なしには身につかない。

プロトタイプを触りながら「ここは違う」「この方向でもう少し」と判断できるのは、過去に似たようなものを何十回も作り、フィードバックを受け、改善してきた蓄積があるからだ。この蓄積がない状態でAIを使っても、出てきたものの良し悪しを判断する基準がない。

だからAI活用能力の育成は、AIの操作スキルの教育ではなく、その領域での実践経験を積ませることに帰着する。レビュー能力を高めるにはレビューの経験が必要であり、判断力を高めるには判断の経験が必要だ。組織に若手やポテンシャル層を入れる理由も、この経験の場を提供するためだと捉え直すことができる。

AIネイティブ時代のマネジメント像

今後、AIをチームメンバーの一人として扱うことが標準になる。そのとき求められるのは「AIを使えること」ではなく「AIを含むチームをマネジメントできること」だ。

人間のメンバーには得意不得意がある。コンテキストの共有が必要だ。フィードバックのタイミングと粒度を調整しなければならない。AIも同じで、得意な領域と苦手な領域がある。渡すコンテキストの量と質でアウトプットが変わる。フィードバックの精度が結果を左右する。

仕事の本質はコンテキストを調理することにあるのだから、AIに渡すコンテキストの選択と構造化自体がマネジメントの核心的スキルだ。何を伝え、何を省き、どういう順番で渡すか。これは新人にプロジェクトの背景を説明するのと同じ思考プロセスを要求する。

格差の拡大という現実

この構図が意味するのは、AI時代にマネジメント能力のある人とない人の生産性格差がさらに開くということだ。従来はマネジメント能力が低くても、自分の手で作業することで一定の価値は出せた。しかしAIが実行を代替するようになると、方向を示す力がない人は文字通りやることがなくなる。

デジタルプロダクトデザイナーの将来性と多様性への適応を考える上でも、この「方向づけの能力としてのマネジメント力」は最重要テーマの一つになるだろう。

ではどう育てるか

この構造を「だから若手は厳しい」で終わらせるのは思考停止だ。課題として捉えるなら、打ち手はいくつかある。

まず、経験の積ませ方を再設計する必要がある。AIの出力をそのまま通す若手に「自分で考えろ」と言っても始まらない。そうではなく、AIの出力を評価する機会を意図的に組み込む。たとえばAIが出したコードやデザインを「なぜこれで良いのか/悪いのか」を言語化させる。判断の練習は、判断させることでしか積めない。

次に、AIとの協業のスコープを段階的に広げる設計。最初から全部をAIに任せるのではなく、限定された範囲でAIと組ませる。小さなスコープで「指示→評価→フィードバック」のサイクルを回す経験を重ねることで、方向づけの感覚が育つ。いきなりフルオーケストラを指揮させるのではなく、まず2人のセッションから始める感覚に近い。

そして根本的には、AI活用の育成をAIスキルの研修として設計しないことだ。必要なのはプロンプトの書き方ではなく、その領域における判断力そのものだ。レビューできるようになるにはレビューの経験が要る。方向を示せるようになるには、方向を示して失敗した経験が要る。AI時代であっても、この原則は変わらない。