SNSやニュースが「今ここ」を退屈にする
SNSのタイムラインを眺めていると、どこかで誰かがもっと面白いことをしている気がしてくる。ニュースを見れば、世界のどこかでもっと重大なことが起きている。目の前にある仕事、家族との時間、今日の夕飯の支度。それらが急に色褪せて見える。この感覚は多くの人が日常的に経験しているはずだが、ここには人間の脳がもともと持っている複数の認知メカニズムが絡んでいる。
新奇性バイアス:脳は「新しいもの」に弱い
脳は新しい情報に対して強く反応するようにできている。進化の過程で、環境の変化にいち早く気づくことは生存に直結した。新しい食料源の発見、見知らぬ動物の出現、天候の急変。こうした変化を素早く察知し、適切に対応できた個体が生き延びてきた。
この「新しいものに注意を向ける」仕組みは、いまの日常でもそのまま動いている。目の前の仕事は既知の情報だから、脳にとっては処理済みのデータに近い。一方、SNSやニュースが次々に流してくる情報は常に新しい。脳は後者を「より重要」と判断してしまう。実際の重要度とは関係なく、新奇性そのものが注意を引きつける。
注意力の限界で触れたように、人間の注意力は有限のリソースだ。新奇な情報がそのリソースを奪えば、目の前の作業に振り向ける分が物理的に減る。スマホの常用は脳を報酬系優位に固定し、読書に必要な認知制御系への切り替えを困難にするという知見とも整合する。スマホが常に手元にある環境では、脳が報酬系のループから抜け出しにくくなり、じっくり考える作業に切り替えること自体が困難になる。
脅威検出システム:遠くの危険を見逃すな
もう一つ、より原始的なメカニズムがある。遠くで起きている出来事に強く反応する「脅威検出システム」だ。
小さな部族で暮らしていた時代、「隣の集落が襲われた」という情報は自分たちの生存に直結した。遠方の異変を無視した個体は、備えができないまま同じ危機に見舞われた。だから、遠くの危険な出来事に注意を向ける傾向が自然選択の中で強化されてきた。計画立案の困難さは狩猟採集時代からの本能的反応であるが指摘するように、現代の脳は旧石器時代の環境に最適化されたまま、まったく異なる世界を生きている。
ニュースは、この脅威検出システムを休みなく刺激する。戦争、自然災害、経済危機、感染症。本来なら自分の生活圏から遠く離れた出来事であっても、脳は「近くで起きた危険」と同じ回路で処理してしまう。テレビやスマホの画面は距離をゼロにしてしまうからだ。
利用可能性ヒューリスティック:思い出しやすい=重要
心理学者のトヴェルスキーとカーネマンが定式化した「利用可能性ヒューリスティック」も、この錯覚を増幅する。人間は、思い出しやすい情報ほど重要だと判断する。飛行機事故のニュースを見た直後に飛行機を怖いと感じるのは、事故の映像が鮮明に思い浮かぶからであり、統計的なリスクを正しく評価しているわけではない。
SNSやニュースが流す情報は、感情を揺さぶるように設計されている。衝撃的な映像、怒りを誘う見出し、不安を煽る数字。こうした情報は脳に強く刻まれ、「思い出しやすい」状態になる。結果として、それらが実際以上に重要に感じられる。重要な判断におけるバイアス軽減は意思決定の質を向上させるで述べたように、バイアスの種類を知ることはバイアスの影響を緩和する第一歩になる。ただし、知っているだけでは不十分で、仕組みとして対処する必要がある。
情報環境の変化が本能を誤作動させる
これらの本能は、小規模な集団で暮らしていた時代には合理的に機能していた。外の世界から入ってくる情報は限られていて、その大半は自分たちの生存に関わるものだった。「遠くの異変に注意を向ける」「新しい情報を重視する」「印象的な出来事を記憶する」。どれも生存確率を上げるまっとうな戦略だった。
問題は、現代の情報環境がこれらの本能にとって想定外の規模になっていることだ。情報の真偽性をめぐる環境は近代マスメディア時代を経て前近代の不確実性に回帰しているという指摘が示すように、情報の量も質も、人間の認知能力が前提としていた範囲を大幅に超えている。現代社会は身体、経済、精神、情報の全てにおいて肥満化が進行しており、持続可能性を脅かしているとも重なる話で、情報の過剰摂取は精神的な肥満のようなものだ。
目の前のことが退屈に見えるのは錯覚である
ここから導かれる結論は単純だ。目の前のことが退屈に見えるのは、それが実際に重要でないからではない。脳が「新しくて、刺激的で、遠くにあるもの」を過大評価するように配線されているから、相対的に目の前のことが霞むだけだ。
これは満員電車における人間の認知メカニズムは進化的適応の結果であると構造が似ている。現代の環境に対して、旧い認知システムが不適切な反応を返してしまうパターンだ。ポリコレに対する反感と天邪鬼的振る舞いの本能的背景も同様に、本能的な反応が現代の文脈では不合理に見える例として挙げられる。
対処として有効なのは、この仕組みを理解した上で、意図的に情報の摂取量を制限することだ。SNSやニュースに触れる時間帯を決める、通知を切る、朝一番にスマホを見ない。どれも地味だが、脳が「遠くの刺激」で注意力を使い果たす前に、目の前の仕事に取り掛かる環境を作ることが、結局のところ一番効く。