エージェントに渡すコンテキストソースとは、作業のたびに口頭で説明する前提を、あらかじめ読める資料群として持たせる仕組みである。人間が何を大事にし、どの仕事で何が進み、どの概念をどう接続しているのかが残っているほど、エージェントは一般論の生成機械から、こちらの思考空間に入ってくる相手へ近づく。知的生産におけるエージェントの品質は、モデル性能とコンテキストソースの掛け合わせで決まる。
この話は、📖アイデアのつくり方でジェームス・W・ヤングが書いた材料集めと重なる。ヤングは、アイデアを「古い要素の新しい組み合わせ」として捉え、その前段に材料集めを置いた。材料には、いま解こうとしている問題に固有のものと、生活や読書を通じて広く集めるものがある。エージェントに渡すコンテキストソースも、現代の知的生産における材料集めとして考えられる。どのコンテキストソースを読み、どの粒度の資料を材料にし、どの過去の判断へ接続できるかで出力は大きく変わる。
コンテキストソースはエージェントの作業空間を決める
エージェントは、その場で与えられた入力を読むと、入力文の周辺にある平均的な答えを組み立てる。そこに過去の判断、プロジェクトの経緯、使い慣れた概念、既存ノートのネットワークが加わると、同じ問いでも扱える奥行きが変わる。仕事の本質はコンテキストを調理することにあるでいう「調理」も、AI時代には人間とエージェントが同じ材料棚を見ながら行う作業になる。ヤングの言葉に寄せれば、材料の咀嚼と組み合わせを一緒に行う状態である。
ここでいう材料棚は、再利用できる文脈の形を指す。メモ作成時になるべく文脈を記すという実践は、人間の記憶を助け、後からエージェントへ渡せる前提も残す操作である。なぜその判断をしたのか、何と何を比較したのか、どこに違和感があったのかが残っていると、エージェントは単発の指示の処理から、判断の続きを引き受ける状態へ進める。
個別文脈のストックは仕事を再起動できる状態にする
コンテキストソースの一層目は、個別の仕事に結びついた文脈である。ヤングのいう specific material に近い。プロジェクト、会議、相手、期限、待ち状態、次に見るべき資料、過去に通らなかった表現、まだ決めていない論点。これらは、いま解こうとしている問題に固有の材料であり、その仕事を再起動するための特殊資料になる。自分の場合はこの層をGTDに寄せているが、実装はプロジェクトノート、チケット、議事録、CRM、研究ログでもよい。要点は、エージェントが「この仕事はいまどこにあるか」を読めることである。
個別文脈の価値は、具体的な仕事の再起動にある。ある案件を数週間ぶりに開いたとき、エージェントが過去の会議メモ、作業ログ、判断理由、未完了の論点を読めるなら、人間は最初から説明し直す負担を減らせる。作業ログと作業リストは分けて管理するという分離もここで効く。ログはエージェントが読む原資料になり、行動リストは人間が今日のコミットメントを握るための軽い道具になる。
個別文脈は、エージェントに「いまこの仕事で何が問題なのか」を知らせる。誰に向けた資料か、どの会議で使うのか、どの制約を守る必要があるのか。こうした情報は、特殊資料から得られる現場の判断材料である。AIを効果的に活用するためには、一般知識が必要なタスクと特殊知識が必要なタスクでその使い方を適切に分けることが重要という見方に立つと、個別文脈のストックは特殊知識をエージェントへ渡すための入口になる。specific material が薄いと、エージェントはもっともらしい一般論を返せても、その仕事の痛点には触れにくい。
一般概念のストックは思考の癖を渡す
コンテキストソースのもう一層は、仕事をまたいで使える一般概念である。ヤングのいう general material にあたる。概念、判断基準、比喩、プロセス、歴史的理解、デザインや組織に関する抽象化は、一つの案件に閉じず、別の仕事で再利用される。読書、映画、歴史、組織論、社会の観察、日々の違和感もここに入る。直接は関係なさそうな材料が、組み合わせの幅を増やす。自分の場合はこの層をZettelkastenに置いているが、実装はカード型ノート、研究ノート、用語集、パターンライブラリ、読書メモでもよい。大事なのは、エージェントが「この人は何をどう考えるのか」を読めることである。
一般知識は自分の視点を加えることで特殊知識化し、真の価値を発揮するで書かれているように、一般知識は自分の言葉で言い換え、経験や関心と接続し、他のノートとリンクすることで、エージェントが読める知的な地形になる。知識を「文脈に置く」ことは情報の価値を最大化し、深い理解と創造的な洞察を促進するという原理は、人間の理解とエージェントが文脈を拾う精度の両方に関わる。
一般概念のストックには、AI、デザイン、組織、知的生産、キャリア、戦略などの考え方が、自分の判断の癖や価値観を含んだ形で残る。するとエージェントは、既存の思考体系に沿って材料を組み替えられる。アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせであるなら、一般概念のストックは組み合わせ可能な要素を増やす作業でもある。情報を結びつけて知識体系を作ることが大事という実践は、エージェントに渡す知識体系の整備でもある。
二つの資料群は同じ問いへ合流する
個別文脈と一般概念は、資料の性質が違う。個別文脈は今進んでいる仕事の固有事情を持ち、一般概念は仕事をまたいで使える概念文脈を持つ。この二つが同じ問いに合流したとき、エージェントの出力はかなり変わる。specific material はその場の事情を与え、general material は抽象度の高い判断を支える。二つが重なることで、概念的に整い、その仕事にも効く提案へ近づく。
たとえば資料づくりを進めるとき、個別文脈の側には会議相手、締切、過去の反応、直近の未決事項がある。一般概念の側には、アウトプットの階層、AI時代の知的生産、デザイン組織、判断基準、コンテキスト管理のノートがある。この二つを同時に読めると、エージェントは「この相手に、いま、どの抽象概念をどの粒度で出すべきか」を考えやすくなる。これは、材料を集め、咀嚼し、組み合わせるという『アイデアのつくり方』の流れを、エージェントとの知的生産に移したものだ。AI時代の知的生産は目的、論点、深掘り、最小共有の順に進むという流れも、この二層構造の上で動かしやすい。
この合流は、知的生産の速度に加えて品質に効く。AI時代の仕事の質は人間が立てた論点をAIとどれだけ考え抜いたかで決まるが示すように、AIの出力品質は生成量より論点の深さで決まる。個別文脈は論点の現場性を与え、一般概念は論点の抽象度を上げる。二つが揃うと、エージェントとの対話は「何か出して」から「この文脈で、どの論点をどう深めるか」へ移る。
エージェントとの対話は検索から編集へ移る
コンテキストソースが薄い状態では、エージェントとの対話は検索に近くなる。知りたいことを聞き、返ってきた情報を読む。コンテキストソースが厚くなると、対話は編集に近づく。個別文脈と一般概念を読み、今の目的に合わせて選び、組み合わせ、削り、次のアウトプットへ変換する。エージェントは検索装置というより、材料を机に広げ、一緒に並べ替える相手になる。
コンテキストの質的向上と蒸留プロセスが知識創造と意思決定の効率性を決定するでいう蒸留は、この編集作業そのものである。エージェントは検索結果に加えて、既存資料から目的に合う文脈を抽出し、不要な枝を落とし、言葉の粒度を整える相手になる。ヤングが材料を一度咀嚼し、意識の外へ置き、また戻ってくる過程を重視したように、エージェントとの対話でも材料を寝かせたり、別の角度から戻したりする時間が効く。AIを活用した1人思考蒸留プロセスは知識体系の構築と創造的思考を革新的に促進するは、この編集的な対話を個人の知的生産へ組み込む方法である。
このとき人間の役割は、コンテキストソースの所有者であり続けることにある。どの資料を正本にするか、どのノートを更新するか、どの判断を個別文脈に残し、どの洞察を一般概念へ昇華するかを決める。エージェントは組み合わせを助けられるが、どの組み合わせに意味があるかは、人間の関心と責任によって決まる。
知的生産は蓄積と組み合わせの循環になる
個別文脈と一般概念をコンテキストソースとして持つと、知的生産は一回ごとの出力から、蓄積と組み合わせの循環へ変わる。会議や作業で生まれた特殊資料は個別文脈に残る。そこから汎用化できる洞察は一般概念へ移る。次の仕事では、現場文脈と一般概念をエージェントが読み、また新しいアウトプットを作る。そのアウトプットや判断過程が、次の資料として戻ってくる。材料が増えるほど、次の組み合わせの候補も増える。
AI時代の仕事の生産性は情報フローの自動蓄積・整理・蒸留プロセスで決まるという見方は、この循環を説明している。蓄積があると説明の再入力が減る。整理があると資料が増えても使える状態を保てる。蒸留があると特殊資料は一般化され、一般資料は自分の仕事へ接続される。
コンテキストソースを持つことは、未来の自分が過去の判断と一般概念をもう一度組み合わせられる状態を作ることである。自分の場合、今の仕事を忘れないための特殊資料はGTDに寄せ、仕事を越えて使える一般資料はZettelkastenに置いている。この組み合わせは一つの実装例である。そこにエージェントが入ると、知的生産は記録、検索、生成の順番を越えて、文脈を積み上げながら新しい組み合わせを作る営みになる。