仕事に取りかかるときは、まずツールを使わずに、自分の頭で少し考える。デザインでも戦略作りでも、何を実現したいのか、どの方向から取り組めそうかについて、大枠の仮説を持つ。その仮説が出てきたら、ツールを使って具体化し、比較し、検証していく。最初に考える時間は短くてよい。自分なりの方向性を一度考えてから作業を始めることが大事である。
最初に考えるのは仕事全体の方向性である
着手時に考えたいのは、その仕事で何を扱い、何を変えたいかである。デザインなら、誰にどんな印象を持ってもらい、どんな体験をしてほしいか。戦略なら、現状の何を問題と捉え、どこへ向かおうとしているか。文章なら、何について、何を伝えたいか。細部の決め方より先に、仕事全体として取り組む方向を考える。
まず初めにアウトプットの見通しをつけるという考え方と共通するのは、着手時に作りたいものを考える点である。その見通しは粗くてよい。「こういう方向がよさそうだ」という程度の仮説でも、次に何を調べ、何を作ってみるかを選ぶ手がかりになる。まだ言葉として整っていなくても、自分が気になっていることや試したいことを持っていれば、そこから具体化できる。
この段階では、複数の方向を頭の中で比べることもできる。一つの案を作り込む前なら、扱う問題や伝えたいこと自体を選び直しやすい。作業へ進む前の短い時間を使い、そもそもこの方向で取り組みたいのかを考えておく。
速く走れても、遠回りすれば到着は遅くなる
仕事を進めることを、目的地へ向かって道を進むことにたとえる。ツールを使えば走る速度を上げられる。けれど、進む方向を考えずに走り出せば、分かれ道の先まで行ってから引き返すことになる。足が速くなっても、行って戻る道のりが長ければ、到着までの時間はかかる。
イシューの見極めが問題解決と価値創造の出発点となるで扱う「犬の道」は、取り組むべき問題を見極めず、作業量を増やしてしまう進め方である。AIへの丸投げでも、似たことが起きる。方向性が曖昧なまま完成案を作らせ、出てきたものに「何か違う」と感じ、別案を作らせる。一つひとつの生成が速くても、読む、違いを説明する、作り直すという往復が増えれば、全体では時間がかかる。
自分の中に「たぶん、こちらへ進むのがよさそうだ」という仮説があれば、まずその道を少し進み、目的地へ近づいているかを調べられる。違っていれば早めに引き返し、よさそうなら先へ進む。最初から正しい道を知っている必要はない。どの道を先に試すかを自分で考えるだけでも、試す範囲と順番を決められる。
探索の前に自分の中で結果のイメージを作ると、外部のアイデアを選びながら練り上げられるで扱っているように、先に自分の仮説があると、外から得た案との違いを比べられる。ツールには、その方向を具体化すること、別の道と比較すること、先へ進むために不足している情報を調べることを頼める。
最初の数分が、その後の作り直しを減らす
たとえば、組織の戦略案をAIに作ってもらう場面を考える。「来期の戦略を考えて」と頼むと、新規施策、育成、発信などを広く含む案が出てくるかもしれない。それを読んで初めて「施策の数より、今ある活動が続かないことが問題だった」と気づけば、前提から作り直すことになる。修正が表現や細部にとどまる間は、同じずれを残した案が何度も出てくることもある。
先に少し考え、「今ある活動が続く条件を整えることが、来期の中心ではないか」という仮説を持って頼めば、最初からその見立てを検討できる。AIには、活動が続かない原因、見立てへの反論、取り得る方策を考えてもらう。人間も、案のどこを評価し、どの前提を調べればよいかを捉えやすい。
時間の差を示すため、作成に20分、読み込みと修正指示に10分かかる一往復を仮定する。方向が定まらず三往復すれば90分になる。最初に5分考え、その結果、一往復で済めば35分になる。この例では、最初の5分によって、全体で55分短くなる。数値は仕組みを説明するための仮の計算であり、実測値ではない。差が生まれるのは、同じ作業を速く処理することに加え、方向違いの案を作って読み直す往復を減らせるからである。
最初の仮説が外れていれば、作り直しは必要になる。そのため、まず粗い案で方向を検討し、細部を仕上げる前に判断する。仮説を持つことで省きたいのは、方向が違うと分かる前に、大きな成果物を何度も完成させてしまう作業である。
少し考えることを着手の一部にする
最初の思考に長い時間を求めると、十分に考え終わるまで作業を始められなくなる。必要なのは、短い時間でも自分で考えることである。大枠の方向性が仮説として出てきた時点で、ツールを使う段階へ進める。
仮説は、「今回はこの問題を中心に扱う」「この体験を作ってみたい」「この順番で伝えるとよさそうだ」といった粗いものでよい。詳細な計画や、他者に説明できるほど整った根拠までは求めない。自分が何を試そうとしているかを暫定的に捉えられれば、実際に形にする作業を始められる。
何も方向性が浮かばない場合も、まず自分が何を分かっていないかを考える。誰に向けた仕事なのか分からないのか、現状の問題を捉えられていないのか、実現したい状態が曖昧なのか。不明な点を一つ特定できれば、その点を調べるためにツールを使える。最初に考えた結果が、調査の方向性になる場合もある。
デザインと戦略では仮説の表し方が異なる
デザインでは、最初の仮説が見た目や体験のイメージになることがある。落ち着いて読める画面にしたい、最初に一つの要素へ目を向けてほしい、操作の完了を気持ちよく感じてほしい、といった方向性である。その後にツールで配置や色、動きを試すと、考えていた印象が実際に生まれるかを検討できる。
戦略作りでは、何に取り組むと状況が変わりそうかという仮説になる。新しい施策を増やすことより既存の活動を続けられる条件に問題がある、と考えたなら、その見立てを資料やデータと照合する。初めの見立てがあれば、何の情報が不足しているか、どの反例を調べるべきかを具体化できる。
どちらの場合も、仮説をツールへ載せるときに、その仕事に合う表現を選ぶ。配置の違いを考えたいなら画面やスケッチ、因果関係を考えたいなら文章や図、規模や傾向を調べたいならデータを使う。自分が考えたい対象に合わせて、使うツールと作業を選ぶ。
ツールを使いながら仮説を更新する
頭で考えた方向性は、実際に作ったり調べたりする中で修正する。作りながら考えるプロセスが思考を明確化し、創造的な問題解決を促進するように、形にして初めて分かる関係や違和感がある。方向性を考える段階とツールで具体化する段階を、何度も行き来する。
最初の仮説があると、試した結果から何を学んだかを捉えやすい。想像した通りになったのか、意外な問題が出たのか、もっとよい方向が見つかったのかを比べられる。想像や理想は仮説の原料であり、結論ではなく出発点として扱うという考え方に従い、初めに考えた案も検討の対象にする。実際の結果と合わなければ、仮説を修正し、必要なら取り組む問題から考え直す。
AIへ依頼する前にも自分で方向を考える
AIを使うときも、まず自分で大枠の方向性を考える。何を作りたいのか、どこに問題を感じているのか、何を検討したいのかを少しでも持ってから依頼する。その方向性があれば、AIの出力について、どこが自分の意図に合い、どこを考え直したいかを比べられる。
AIにMVPを渡すと、自分の判断を起点に制作を広げられるでいう最小制作物は、この方向性を外に表したものとして使える。短い主題やラフな配置でも、自分が考えたことを示せれば、AIに展開や比較を頼める。何を自分で決め、どこから先を一緒に検討したいのかが具体的になる。
AIの提案から、自分では思いつかなかった方向へ進むこともある。そのときは、最初に考えた仮説と比べて、何がよく、なぜ採用したいのかを考える。自分の仮説を持って始めたことは、後から別の案を選ぶための判断材料にもなる。