GTDが本質的に守ろうとしているもの
GTD(Getting Things Done)の核心は、「頭の中でモヤモヤ回り続けるもの」を外部に出すことと、「次に何をすればいいか」を明確にしておくことの2点に集約される。この2つの原則を実現するための手段として、行動(Next Action)を管理するという形式が採用されてきた。
GTDはボトムアップアプローチであり、トップダウンの計画とは異なるという特性を持ち、日常の具体的な行動から積み上げていくことで、心理的な負担を軽減し、実行可能性を高めることを目指している。GTDの次の行動に時間指定を含めることで行動の実行可能性が高まるという知見も、この行動中心のアプローチを補強するものである。
しかし、AIの台頭によって、この「行動を管理する」という前提そのものに再考の余地が生まれている。AIと人間の協働:実行はAI、課題設定は人間の役割という新たな分業構造が現実味を帯びてきたからである。
AI時代に生じる構造的なズレ
AIが強力になったことで、「情報を集める」「たたき台を書く」「パターンから案を出す」といった「手を動かす仕事」の多くをAIに任せられるようになった。AIは計画部分と実行部分で使い分ける必要があるという認識のもと、実行に近い領域ほどAIの活用余地が大きいことが明らかになっている。
この変化は、人間が細かい「行動」をすべてリスト化して自分で実行するという従来の前提を揺るがす。AIを効果的に活用するためには、一般知識が必要なタスクと特殊知識が必要なタスクでその使い方を適切に分けることが重要であり、汎用的な作業ほどAIへの委譲が容易である。
AIでのToDo管理は膨大なコンテキスト入力の手間により効率が低下するという課題も指摘されているが、これは「行動レベル」でAIを使おうとするからこそ生じる摩擦である。より上位の「イシューレベル」でAIと協働する設計に切り替えれば、この問題は緩和される可能性がある。
仕事の3層構造とAIの適用領域
仕事を整理すると、以下の3つのレイヤーが存在する。
第一層は「何のためにそれをやるのか」という価値・ゴール・判断の軸である。高度レベルや高度レベルをどう管理するかで議論されるように、この層は人間の価値観と直結しており、AIによる代替が最も困難な領域である。
第二層は「どんな問いやイシューに向き合うのか」というテーマの切り方である。イシューの見極めが問題解決と価値創造の出発点となるという原則に基づき、この層での判断が仕事の成否を大きく左右する。イシュードリブンな問題解決が組織の成功を導くことは、個人の仕事管理においても同様に当てはまる。
第三層は「それを実現するための具体的な手」であるタスク、行動、作業である。タスクの停滞は多くの場合、方法論の欠如に起因しており、適切な分解と実行計画により解決できるとされてきたが、AIの登場により、この分解と実行の多くをAIに委ねることが可能になった。
AIが得意なのは第三層と、第二層のうち比較的単純な部分までである。逆に、人がやる意味が強く残るのは第一層と、「イシューをどう切るか」という第二層の中核部分である。AI時代における人間の役割は構造化からコンテキストのキュレーションへと変化しているという指摘は、まさにこの構造的変化を捉えている。
イシュー中心の仕事管理への移行
GTDの「行動リスト」を肥大化させるのではなく、人間側は「向き合うイシュー」を適切に切り分けて管理し、そのイシューを進めるための作業は可能な限りAIに委ねる前提で設計するスタイルが、これからの時代に適合する。
抽象度の高い仕事は明確化と構造化によって効果的に進められるように、イシューの明確化こそが人間の主要な仕事となる。悩むことと考えることの違いを認識することが、知的生産の基盤となるという観点からも、「悩む」状態から「考える」状態への移行を促すのがイシューの設定である。
仕事が進まない原因はアウトプットが想像できていないからであり、まず初めにアウトプットの見通しをつけることが重要とされてきた。この「見通しをつける」という行為は、まさにイシューを明確にする行為そのものである。行動リストを詳細に作り込むよりも、向き合うべきイシューを鮮明にすることで、実際の作業はAIとの対話の中で動的に生成できる。
実務レベルでの運用イメージ
具体的な運用としては、リストに載せるのは「今週向き合うべきイシュー」と「人間が自分でやらないと判断できない行動」だけに絞る方法が考えられる。責任領域やGTDにおける責任領域は、日常的な管理が必要な具体的な分野を指し、目標よりも低い高度に位置することで、日々のタスク管理と中期的な目標設定のバランスを取る役割を果たすという概念は、イシュー管理においても有効な枠組みを提供する。
それ以外の「作業」は、「AIに渡すための依頼文(プロンプト)」や「AIに読ませるための材料一式」の形でかたまりとして保持しておく。AIへの指示文における5要素の詳細記述が成果物の質を決定し、その作成能力は個人の生産性を直接反映するという知見は、この運用を支える重要な基盤となる。
実際に手を動かすときは、「イシュー」ごとにAIとのセッションを開き、その中で必要なたたき台・要約・比較表などをAIに生成させる。AIで生産性を上げるにはコンテキストのポータブル性が大事であるという原則に従い、イシューに関連するコンテキストを整理しておくことで、AIセッションの効率が向上する。
つまり、「今日はAというイシューと1時間向き合う」とだけ決めておき、その時間内での細かいステップはAIとの対話に任せてしまう。タスク管理において行動と時間の管理を分離することで、より効果的な生産性向上が実現できるという考え方を発展させ、「イシュー」と「時間」を結びつけ、「行動」はその場で動的に生成するという発想である。
行動リストが完全には消えない理由
とはいえ、「行動リストがいらなくなる」とまでは言い切れない。AIに依頼すること自体が一つの行動になる(プロンプトを書く、資料を集めて渡すなど)。また、人がやるしかないこと(人と話す、承認する、身体を動かす)は必ず残る。カレンダーに載せる「時間の確保」も、人側で決める必要がある。
タスクの初期モメンタムを活かし、ネクストアクションの設定により持続的な進捗を実現できるという原則は依然として有効である。ただし、そのネクストアクションの粒度と性質が変わる。従来は「○○の資料を作成する」だったものが、「○○のイシューについてAIセッションを30分行う」という形になる。
目標認識、課題明確化、アクション実行の循環が効果的な問題解決と成長をもたらすというサイクルは維持されるが、「アクション実行」の部分がAIとの協働セッションに置き換わることで、サイクルの回転速度が向上する可能性がある。AI時代における人間の判断力より試行錯誤の速度が成功を左右するという観点からも、この変化は歓迎すべきものである。
GTDの原則との整合性
「向き合うべき仕事(イシュー)を管理して、なるべくAIに仕事を任せていく」という方向性は、GTDの原則と矛盾しない。GTDが守ろうとしている「頭を空ける」「次にやることを明確にする」という本質は、イシュー管理においても同様に実現される。むしろ、細かい行動レベルの管理から解放されることで、より本質的な「頭を空ける」状態に近づける可能性がある。
GTDのコンテキスト概念を活用したインプットとアウトプットの分離は創造的プロセスを効率化するという知見も、イシュー中心の管理と親和性が高い。コンテキストを「行動の種類」ではなく「向き合うイシューの性質」で切り分けることで、より創造的な仕事の進め方が可能になる。
仕事は「プロジェクト」「ワーク」「タスク」で捉えるという階層構造においても、AIの活用によって「タスク」層の管理負荷が軽減され、「プロジェクト」や「ワーク」という上位層への注力が可能になる。抽象度の高い仕事では、参加者の増加が意思決定の質を低下させるという問題も、AIを「参加者」ではなく「実行ツール」として位置づけることで回避できる。
今後の設計課題
この新しいスタイルを実践するにあたり、「自分にとってのイシューの単位をどう切るか」と「AIに丸ごと投げてよい仕事と自分で向き合うべき仕事の境界をどう引くか」という2つの設計課題が残る。
前者については、タスク管理の三種の神器は全て集中のためであるという観点から、集中して向き合える単位でイシューを切ることが一つの指針となる。後者については、判断・評価・意思決定が必要な仕事は人間が、情報収集・整理・生成が中心の仕事はAIがという大まかな線引きが出発点になるだろう。
AI時代における仕事管理の再設計は、単なる効率化を超えて、人間が本当に向き合うべきことに集中するための解放をもたらす可能性を秘めている。