2026-04-25

デザイナーの仕事の核は、商品やサービスを通して顧客の中に価値観を立ち上げることにある。何を快いと感じ、何を不快と感じ、何にお金を払うか。何を所有することが自分のアイデンティティを補強するか。こうした感覚の地図を引き直すのが、機能や価格の競争とは別の次元の仕事になる。

デザイナーが価値観づくりのプロであるという見方は、デザイナーは感情のデザインを行う人である価値とは、人が行動を変えるほどの”意味”や”効果”である が指してきたものと同じ筋にある。デザインは認知の書き換えだという デザインの経済原理は認知の書き換えにある の視点でも同じ。形を作っているように見えて、実際に作っているのは顧客の中の意味の体系だ。

ただ、この役割が事業に必要とされる度合いと、デザイナーが関わるべき期間は、案件の市場特性によって明確に変わる。レッドオーシャンとブルーオーシャンでは、価値観づくりの必要のされ方が違う。

レッドオーシャンでは長く深く関わる

成熟市場では、機能と価格の競争はほぼ均衡に達している。同じことができる商品が並んでいて、性能差はわずかで、値段はどこも近い。この状況で顧客が何を選ぶかを決めるのは、価値観の差だ。

このブランドは自分にふさわしい、この体験は自分の感覚に合う、この物語は自分が応援したい方向と重なっている。こうした選択の理由は、機能仕様には書かれていない。書かれない部分を作っているのがデザイナーで、ここがレッドオーシャンの中心戦場になる。価格と性能を超えてブランド価値が競争優位を決定する時代への移行 が言っているのは、まさにこの構造のことだ。

レッドオーシャンでは、デザイナーは事業の中で長く働き続ける必要がある。理由は二つある。

ひとつは、価値観は積み重ねでしか作れないこと。ロゴと色だけ揃えても価値観にはならない。広告、UI、サポート対応、店頭、SNSの返信、すべての接点で同じ世界観が一貫していて、ようやく顧客の中に「この会社らしさ」の像が立ち上がる。これは デザインは事業に複利をかける で書いた通りで、複利は時間をかけて初めて意味を持つ。短期間の介入では、価値観は浅いままで終わる。

もうひとつは、価値観は放っておくと崩れていくこと。担当が変わるたびに世界観が微妙にずれる。新機能が増えるたびに既存の体系と整合が取れなくなる。マーケティング側が独自に走り出すと、ブランドの軸が二重になる。デザイナーが居続けない事業は、いつのまにか価値観の整合が崩れていく。組織におけるデザイナーの本質的役割は行動障壁の除去と価値創造の触媒機能にあるインハウスデザイナーの醍醐味は企業文化と深く関わりながら創造的な問題解決を行うことにある で書いてきたインハウス型の価値は、長期で関わってこそ出せる一貫性の維持と関係している。

つまり、レッドオーシャンでデザイナーが必要な度合いは高い。途切れさせた瞬間に競争力が落ちる構造になっている。事業が続く限り関わり続けるのが基本形になる。

ブルーオーシャンでは短く強く関わる

新市場の探索期は、状況が逆転する。

そもそも顧客がまだ存在を認識していないジョブを見つける段階では、価値観の輪郭はまだ薄い。誰のどんな感覚に訴えるのかが固まっていない。市場の手応えがあるかどうかすら分からない。この段階で、デザイナーが先回りで完成度の高い価値観を作り込んでも、それが当たる保証はない。

事業の0-1探索段階においてデザインは必須ではなく、問題発見と仮説検証こそが最優先される0→1プロダクト開発では観察駆動の試行錯誤による発見が再現可能な設計より優先される は、ここを直接扱っている。0-1段階で重いデザインを入れると、仮説をすぐ修正できなくなる。早く検証するために、最低限の手触りで進めるべきフェーズがある。

デザインの差別化価値が短期で現れるかは市場の成熟度に依存する も同じ筋を補強している。新市場では、デザインの良し悪しが顧客の選択に直接届くまでに時間がかかる。先に来るのは「そもそも顧客がそれを欲しているか」の検証で、価値観の精度はその後の話になる。

ではブルーオーシャンでデザイナーは要らないのかというと、そうではない。むしろ、仮説の核を作る瞬間にデザイナーが入っていることの貢献が大きい。誰のどんな感覚に向けて、どんな世界観で売り出すのか。この最初の輪郭を引くところを、機能設計者やビジネス側だけで作ると、平板な機能商品にしかならない。事業の核はターゲットとソリューションの掛け算であり、デザインや体制はその増幅装置にすぎない で言われているように、核そのものはターゲットとソリューションの掛け算が決める。デザイナーはその核に価値観の方向を与える役割を持つ。

ブルーオーシャンでのデザイナーの関わりは、長く張り付くというより、要所で深く関わるかたちになる。最初の仮説の核を作るとき、市場フィットが見え始めて世界観を固めるとき、規模拡大に耐える基準を作るとき。それぞれの節目で集中的に入って、次のフェーズに引き継ぐ。継続的なデザイン運用が必要になるのは、市場が成熟してきてからだ。

必要の度合いがレッドオーシャンより低い、ということではない。必要のされ方が違う。常駐ではなくスポット、運用ではなく定義、整備ではなく発明、そういう関わり方になる。

違いの根っこにあるのは、価値観の固まり具合

レッドとブルーで関わりの形が違うのは、市場における「価値観の固まり具合」の差だ。

レッドオーシャンでは、顧客の価値観はすでに固まっている。何が良くて何が悪いかの基準が出来上がっていて、その中での差別化を競う。デザイナーは固まった基準の中で、自分の事業の世界観を細部まで作り込む。だから関わりは長く、深く、継続的になる。

ブルーオーシャンでは、価値観そのものがまだ作られていない。デザイナーは固まる前の流動的な感覚に輪郭を与える役割になる。輪郭ができたら、いったん事業がそれを運用する側に主導権を渡してよい。だから関わりは短く、強く、節目集中になる。

事業フェーズ別のデザイナーおよびデザイン組織の在り方 で扱った観点は、この延長で読み直せる。0-1、1-10、10-100で必要なデザインの量と種類が違うのは、フェーズが進むにつれて価値観の固まり方が変わるからだ。

案件を引き受けるときに何を見るか

新しい案件を受けるとき、見るべきは市場が今どこにいるかだ。

レッドオーシャンの案件なら、長期で関わる前提で計画する。インハウス化、専属チーム、運用ガイドラインの整備、こうした体制まで含めて事業の一部として組み込まれる構えがいる。短期だけ手を貸して引き上げるなら、価値観は浅くしか入らないと割り切る必要がある。

ブルーオーシャンの案件なら、節目で集中的に関わる前提で計画する。仮説の核を作る期間、市場フィットが見えてくる期間、規模拡大に耐える基準を引く期間。それぞれを短く強く取りに行って、間の運用は事業側に委ねる。常駐すると、固まる前の仮説に過剰に作り込みをして、検証速度を落としかねない。

どちらの案件でも、デザイナーが価値観づくりのプロであることは変わらない。変わるのは、価値観をいつ、どれくらいの長さで、どの深さまで作りに行くかの設計だ。