独断専行は、短期的には良い結果にも悪い結果にも転ぶ。判断が状況に合っていれば、調整を省いた分だけ早く成果を得られる。長期的な評価では、その成果に加えて、後の意思決定、他者との協力、失敗を修正する能力への影響を含める必要がある。独断専行を成功によって正当化すると、組織は誤った判断を止める手段を失いやすい。このため、長期的には誤りになりやすい、というのがこのノートの仮説である。
独断専行は他者の選択まで先に決めてしまう
独断専行とは、他者にも影響する行動を、共有された目的、権限、必要な協議を外れて進め、周囲に既成事実として受け入れさせることである。担当者が独力で案を考えることや、任された範囲で迅速に決めることとは区別される。問題になるのは、その人の判断によって、他者が負う費用や危険、後から選べる行動まで決まってしまう点である。
たとえば、営業担当者が社内で相談せずに特別な納期を顧客へ約束すれば、受注には成功するかもしれない。その約束を履行するために、開発や運用の担当者は別の仕事を延期しなければならなくなる。受注した本人の成果だけを集計すると、周囲が負担した残業、品質の低下、他の顧客への影響は評価から抜け落ちる。
クラウゼヴィッツの戦略策定の基本スタンスは全体的視点と実現可能性を重視するで扱う、個々の戦闘と戦争全体の目的の関係は、この評価にも当てはまる。ある局面で目標を達成したことと、全体の目的に近づいたことは、それぞれ検討しなければならない。
短期の利益と長期の負担は現れる時期が違う
独断専行には、相談や調整に使う時間を省けるという即時の利益がある。機会が短時間で失われる場面では、この速さが結果を左右する。現場の情報を持つ人の判断が、遠くにいる責任者の判断より適切なこともある。
その利益は、一件の受注、一度の勝利、一つの完成品として把握しやすい。周囲への影響は遅れて現れる。約束していなかった仕事への対応、計画の変更、説明のやり直しが、その後の数週間や数か月に分散する。評価期間を短く区切るほど、速く決めた人の成果を高く評価し、周囲の追加負担を見落としやすくなる。
本当のボトルネックは個人の作業スピードではなくチーム全体の連携部分に潜んでいるで論じたように、複数の人が関わる仕事では、前後の工程を含めた成果が問われる。本人が一日早く進めたことで、他の担当者に一週間の手戻りが生じるなら、全体の仕事は遅れている。
成功すると判断の仕方まで正当化される
独断専行が成功したときには、行動の内容、本人の能力、相談を省いた手続きが一括して評価されやすい。良い結果には、現場情報の正確さ、相手側の事情、偶然の有利な条件など、複数の理由がありうる。相談を省いたことが成功の原因だったかどうかは、結果だけでは決まらない。
成功をそのまま前例にすると、次の行動でも同じ進め方を選ぶ理由ができる。本人は、以前も自分の判断が正しかったと考え、周囲は、止めた側が機会を失わせると受け取られることを恐れる。組織が結果だけを報酬や昇進へ結びつければ、他の人にも、協議するより先に実行する方が得だという判断を促す。
過去の成功体験への過剰適応が組織の失敗を招くで扱う問題は、独断専行の習慣にも生じる。最初は小さく取り消せる行動だったとしても、成功を重ねた本人が、より大きな予算や影響範囲へ同じやり方を広げる可能性がある。成功時に手続きの問題を検討しなかった組織ほど、その人の判断が外れた局面で介入しにくくなる。
失敗の修正が本人の判断に依存する
独断専行を繰り返す人が、自分に都合の悪い情報や異論も退けるようになると、判断を修正する機会が減る。行動を始める権限が曖昧なまま、止めるためには周囲の説得が必要になる。実行前なら短い協議で済んだ問題が、実行後には、既に使った費用や関係者への約束を伴う問題になる。
投資した費用を惜しんで継続するサンクコストの問題に、本人の評価や面子も加わる。中止を判断することが、最初の判断の誤りを認めることになるため、追加の行動で取り返そうとする理由が生まれる。失敗が長期化するほど、他の人も対応に参加し、最初は一人の判断だったものを組織全体が維持する状態になりうる。
判断力を鍛えるために必要なことは判断経験と失敗からの学びが示すように、判断の経験は、その結果を検討して初めて学習になる。独断専行によって検討の機会まで失えば、本人も組織も、同じ判断を繰り返しやすくなる。
辻政信の事例では周囲の意思決定も問われる
辻政信について考える際にも、本人の強引さと、周囲がその行動を認めた経緯を併せて検討する必要がある。防衛研究所の研究では、ノモンハン事件において、関東軍が事前の了解を得ずに部隊を動かしてから大本営へ報告したこと、辻らが攻勢を主張する中で慎重論が取り下げられたことが整理されている。同研究は、関東軍の意思決定が集団浅慮に陥った可能性を指摘する。三井英隆「NIDSコメンタリー第337号」
この事例からは、一人の強い主張が、同僚の賛同や上司の追認を通じて組織の決定になる過程に注目できる。独断専行には、複数人が賛成していても、他の関係者との調整や異論の検討が欠けている形がある。賛同者の人数だけでは、判断の妥当性を保証できない。
同質性の高い組織は環境変化に弱いで扱う、似た経験や価値観を持つ人々の限界とも重なる。ノモンハンの事例は、個人の性格だけで失敗を説明することの不足を示す。同時に、一つの歴史的事例から、独断専行のすべてが長期的に失敗すると証明することもできない。
自律性を保つには修正できる条件が要る
現場の裁量や、自分で判断する姿勢には価値がある。複雑な組織では挙動規定より原則共有が自律的判断と変化適応力を生むで論じる自律性は、目的と判断基準を共有し、結果を検討できる条件のもとで成立する。毎回の承認を省ける範囲をあらかじめ定めれば、速く動くことと、他者の仕事への配慮を両立できる。
信頼されるデザイナーは承認を求めず、ユーザーから発想して決めた案を出すで扱う態度も、自分で考えた案と根拠を示し、相手が判断できる状態にするものである。自分の判断を持つことは、他者の判断機会を保ったまま実践できる。
緊急時には、事前の相談が間に合わないまま行動する方が、被害を小さくできる場合がある。その行動は、待つことで生じる損失、行動することで生じる損失、他に選べた手段を比較して評価する。行動後には、理由と影響を報告し、他者が修正や中止を判断できる状態にする必要がある。結果が良かった場合も、同じ条件が成立する範囲を定め、恒常的な独断専行の許可へ広げない。
独断専行が繰り返される組織では、責任者の応答が遅い、裁量の範囲が不明、異論を述べにくいといった条件も調べる必要がある。抽象度の高い仕事では、参加者の増加が意思決定の質を低下させるで扱うように、相談相手を増やせばよいわけでもない。誰がどこまで決められるか、誰の情報を聞くべきか、どの条件で中止するかを定めることで、現場の速さを保ちながら、誤った判断が長期化するのを防ぐ。