AIは広すぎる意味空間を開いてしまう
AIを使うと、制作の失敗は「作れない」よりも「どこへ向かうべきか分からない」に寄りやすくなる。AIは静かな業務画面にも、華やかなLPにも、丁寧なオンボーディングにも、ゲーム的な体験にも、いくらでも寄せられる。可能性が多いということは、目指す場所がないとどこにも到達しないということでもある。
良いUXを作るには、「これがいい」「これではないか」というゴールイメージが先に要る。要件を満たすこと、破綻なく画面を並べること、一般的な使いやすさに寄せることだけでは足りない。作り手の中に、到達したい体験の像がないと、制作は正しそうな平均値へ流れていく。
AI時代のデザイナーの価値は道具の操作力ではなく理想の解像度にあるで扱った「道具が無限になった」という感覚は、そのまま意味空間にも当てはまる。AIは選択肢を増やす。実行速度も上げる。だが、どの方向へ深く潜るかは人間が決める必要がある。
ゴールイメージは探索方向を決める
ゴールイメージとは、完成図を細部まで固定することではない。ユーザーがどんな状態から入り、どこで安心し、どこで迷わず、最後にどんな気持ちで離脱するのかについての仮説である。言い換えると、作る前から「この体験なら良い」と判断できる内側の基準である。
AIが広い意味空間を持っているなら、人間はその空間のどこにアクセスしにいくかを決めなければならない。「良い感じにして」では、探索範囲が広すぎる。静かに効率化したいのか、少し嬉しくしたいのか、迷いを消したいのか、行動を促したいのかで、AIに取りに行かせるべき方向は変わる。
AIはパターンマッチングで可能性を生成し、人間はコンテキストから意味を創造し削り出すなら、人間の仕事は可能性を眺めることではない。どの可能性が意味を持つのかを選び、そこへさらにアクセスしにいくことである。ゴールイメージは、その探索の方向を決める。
指示は作業依頼ではなく探索先の指定である
AIへの指示は、作業依頼というより探索先の指定である。「使いやすくして」では、意味空間の入口が広すぎる。「初回ユーザーが、失敗しても戻れる安心を持ちながら、3分以内に最初の成果を得られる体験にしたい」と言えれば、AIが探しに行く場所はかなり絞られる。
この差は、単なるプロンプトの上手さではない。作り手の中に、どんな体験へ到達したいのかという像があるかどうかである。像がある人は、AIの出力に対して「惜しい」「違う」「ここは残す」「もっとこの方向」と言える。像がない人は、整っているかどうか、一般論として正しいかどうかでしか判断できない。
AIに任せると遅いという感覚は、自分の判断が言語化されていないことを測っているという見方に、もう一段前の問題を足せる。判断が言語化されていないだけでなく、判断の元になるゴールイメージができていないことがある。ゴールイメージがないと、AIへの指示もレビューも浅くなる。何を直すべきかが見えないから、何度出しても近づかない。
平均値から抜けるには「これがいい」が必要である
ゴールイメージがないままAIに頼ると、AIはもっともらしい平均値を返す。整っている。破綻も少ない。だが、体験の核に近づいていない。作り手の側に「これがいいのではないか」という像がないため、AIが出した可能性の中から深く掘る場所を選べない。
AIは正しそうなものを大量に出せる。だからこそ、正しさの外側にある「よさ」を作り手が持ち込む必要がある。正しさと「よさ」の間には言語化できない感性の領域があるように、要件を満たしていることと、人が自然に動けることは同じではない。
「これがいい」という像は、必ずしも最初から正しい必要はない。仮説でよい。むしろ、仮説があるから試せる。AIにいくつか作らせ、触って、違和感を見つけ、また指示を出す。この往復の中で、ゴールイメージは少しずつ細かくなる。最初から完成形を知っている必要はないが、最初の方向感覚は要る。
ゴールイメージは身体化された理解から生まれる
ゴールイメージは、机の上で考えるだけでは細かくならない。対象サービスを触る。似た業務を観察する。競合のフローを歩く。良いものと悪いものを並べて、どこで身体の反応が変わるかを見る。そうして初めて、「こっちの方がよさそう」という内側の基準ができる。
AI時代のデザインは文字理解ではなく身体化された理解から始まるのは、AIに渡す言葉の背後に身体化された基準が必要だからである。文字だけで理解したつもりになると、言葉はきれいになるが、体験に届かない。身体化された理解があると、言葉は少し泥臭くなる。その泥臭さが、AIとの制作では強い。
機能追加の前に良い体験を言語化することも、この文脈で捉え直せる。良い体験を言語化するとは、AIにきれいな要件を渡すことではない。自分が触って確かめた「こうなると良い」という体験の像を、AIが探索できる形に変えることだ。
デザイナーは意味空間の奥へ潜るための基準を持つ
デザイナーの価値は、AIが出したものを綺麗に整えることだけではない。無数の可能性の中から「こっちに良さがある」と感じ、そこへ深く潜れることである。その感覚は、経験に支えられている。
AI時代においてデザイナーの非言語的設計能力はワイヤーフレーム作成の不可代替な価値を生み出す。非言語的な設計能力とは、言葉になる前の「こっちの方がよさそう」を扱う力である。経験があるから、粗い出力の中に可能性を見つけられる。経験があるから、整っているだけの出力を捨てられる。
UXデザインはユーザーが行動をしやすい環境を作るデザインであるなら、UXのゴールイメージは「ユーザーが行動しやすい状態」の像である。何が行動を止めるのか。何が安心を作るのか。何が次の一歩を促すのか。経験のあるデザイナーは、この問いに細かく答えられる。
AIが広い意味空間を開くほど、作り手の中にあるゴールイメージの差が成果の差になる。良いものは、AIが勝手に無限の中から拾ってくるものではない。人間が「これがいいのではないか」と仮説を持ち、その仮説を頼りに、AIと一緒に意味空間の奥へ取りに行くものだ。